Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

人生論

今日の自分は昨日の自分で出来ている。昨日できなかったから、今日できなかった。 だが、明日は違う。否、今から違う。何度でも、これから振り出しに戻れる。誓いを立て、方法を刷新し、目的地を定め直すことができる。明日の私は、まだ存在すらしていない。…

一家言

直観を受け容れ、良心に導かれ、魂を安楽させる。それが、私の生活の様式のあるべき姿である。

あまりにも弁証法的なノート

意志=直観=行為 意識=良心=無意識 直観(独断)=祈り(瞑想)=良心(懐疑) 清浄=祈り=静寂 愛=観照=美 表象=想像=印象 観念=概念=経験 気分=習慣=期待 後悔=告白=差別感情 自責=懺悔=無知 既成事実=法意識=法体系 主観=精神=客観 …

日記のペースについて

日記とは、鑑賞の感想、ノート、発見、体験の印象、或る種の告白と懺悔、宣誓、問い掛けなどで構成されている。私は、思いが起こるたびにブログを立ち上げ、思いの丈を言語化し、記憶や印象を文字とし、永遠の記録とすることで、何事かを成し遂げたかのよう…

仕事を探して

仕事を探している。私は、今、仕事をせねばならないと思っている。理由は生きるためである。死なないように喰い繋ぐため、働いて賃金を貰い、それで奨学金を完済する為だ。または、公共料金を支払い、家賃を支払い、野菜や米や魚を買い、煙草や酒や本を買い…

価値論から仏教論へ

価値観とは実感、経験、幼い頃から繰り返し身体に染み込ませた記憶に基づいた行為態度である。価値観はやって来るものであり、創造するものではない。やって来て、立ち去るべきものである。立ち去らせる為には、逆順で行かねばならない。つまり行為態度を自…

空腹・勃起・気怠さ・焦燥

私が日々感じることは、空腹と勃起と気怠さと焦燥である。前者は生理的な不快感であり、後者は精神的な不全感である。これらは二度と感じたくない、嫌悪の対象として認識していた。自己と切り離して把握していた。もっと食べたいと思う、だが自分はそんな卑…

何もしないことは出来ない

何もしたくない。そういう気持ちになる。だが、人間は何もしないことが、事実上、不可能である。人間は、必ずや、何らかのことをしている。「何もしたくない」と考えることができる。それは、まだ理性が働いている証である。横になって、布団の中にいるとき…

労働観と倫理観

働くことは、果たして、善いことなのか悪いことなのか。一所懸命に与えられた仕事をこなし、会社に利益をもたらし、社会に貢献することは、善いことなのだろうか悪いことなのだろうか。 自ら命を絶つことは、善悪の基準を超えた、私にとって選択不可能な事で…

深夜の告白

懐疑を節度のうちに収め、独断を克己のための道具として適度に使用すること。恐れ過ぎず、急ぎ過ぎず、だがしかし休むことなく、絶えず運動を続け、時に果敢に、時に慎重に、臨機応変に対応する。そうだ、私に必要なものは確固たる判断基準ではなく、またそ…

出家しないということ

ある事を信じるためには多くの条件をクリアせねばならない。 意志は行為によって鍛えねばならない。想像力(構想力)は鑑賞によって養わねばならない。直観は懐疑によって磨かねばならない。肉体は精神によって、精神は肉体によって、洗練されなければならな…

直観と良心

敵と思うか、味方と思うか、それは直観に依り即座に判断される。善悪、美醜、真偽についても、直観的な判断であり、直観に応じて意志し、選択している。一個の人間である限り、気分の変調もあれば、精神の乱れもあり、幻覚(幻視・幻聴・幻嗅・幻味・幻肢な…

信心を持つことについて

何か善いことを為そうと思って居るのだが、その基準が見当たらない。見当らないから不安になる。不安は疑心暗鬼を産み出し、疑心暗鬼は自暴自棄として現象化する。恐怖の様式とは、このような不安を指している。私はそれを経験から認識している。 認識してい…

汎神論者の自覚

愛と美は直観に依ってのみ受容される。愛とは母との関係を、美とは父との関係を表す。前者は無条件で、超次元的であり、だがこれ以上現実的な実在は無い。後者は条件付きであり、危機的であり、存在論的な、実存的な不安が付き纏っている。 母とは私を生み育…

運動ノート

・運動する前には大目に水分を取って置く。塩分も。 ・目的を選ぶ:①発汗、②筋肉の増強、③バランス感覚 ・運動する前→運動→運動した後のそれぞれのメニューを予め決めておく。 ・筋トレはいつでもどこでも可能である。 ・眼鏡は外さない。集中力が途切れない…

意志論

最重要課題とは、断じていいが、今日を如何に過ごすかである。最も真剣に取り組まねばならないのは、今日である。何を考え、何を食べ、何を選び取るかを、瞬間的に判断する。その判断こそが最重要課題である。今この瞬間に訪れている直観、即ち、認識し判断…

格言風

傲慢な者にこそ学べ。怒りや不快や嫌悪や軽蔑を覚えている自己を知る機会とせよ。自己を知るとは客観的になることだ。そして、客観的になれば解決策が見つかるものだ。 不足を笑え。不満を発明の機会とせよ。不公平を自分の運命と定めよ。そうすれば、日々接…

個別具体的な「祈り」

祈りについて考えてみると、私はどうやら大きな勘違いをしていたようだった。特定の宗教に属していないと、祈ることは出来ない。これは誤りである。祈り方を知らない者の祈りは無為である。これも誤りである。祈りとは抽象的な概念である。これは誤りの中で…

アメリカの何処かに

毎日決心しよう。心を今日に傾けよう。過ぎ去ったこと、未だ来ないことに心を預けるのではなく、目の前にある行為に身体を調和させよう。心を整えよう。心身一如となるように祈りを捧げよう。後悔と自責の念に囚われることなく、死の誘いと恐怖に踊らされる…

眠気との闘い

本気である。私の戦争は、眠気との闘いだ。どのようにすれば、日中を眠気に負けずに過ごすことができるのか。ご飯の食べ過ぎは、眠気を催させる一番の天敵であるが、運動のやり過ぎも同じくらい危険である。薬の飲み忘れも危ない。考え過ぎても、気疲れして…

遊ぶチカラ

自分の生活を根本から見直す。客観的なデータを取る。起床時刻、就寝時刻、食事内容、睡眠の質、運動内容、就業時刻、就業時刻、読書量、鑑賞量(音楽と映像)、工夫と発見と思索、出会った人、印象的な会話などを電子記録媒体(エクセル・ノート・はてなブ…

私の幸福の値段

幸福とは現実世界ではなく観念世界に属する言葉である。だから、私は敢えて不幸を求めようと思う。換言すれば、「幸福擬き」をこれまで以上に積極的に求めようと思っている。美味しそうにタバコを吸い、貴重なもののように珈琲をゆっくり啜り、味わうように…

言葉の海で溺れる

自立とは実現不可能な言葉だ。観念の言葉だ。誰も彼も相互依存関係の内部に閉じ込められている。「この世は誰かの仕事でできている」というコーヒーのCMがあったが、まさにそのとおりである。自立の表す意味は、どこまでも表層的である。無菌室の中の言葉…

「シニタイ」から「知りたい」へ

ぼうっとしていると、また、「シニタイ」お化けがやって来た。さて、どうするか。「シニタイ」と対決するには、私は無防備ではいけない。裸の身体と無知の心では、太刀打ち出来ない。 工夫しよう。 歩こうと思った。 本屋に行って本を三冊買った。 人生論ノ…

環境と心理学

意志が弱いのか、環境が悪いのか。強い意志とは何か。良い環境とは何か。そして、環境を整えて強い意志を獲得すると、どんな結果が得られるのか。 集団意思決定という概念もある。更に、環境とは社会や地域と同じである。私の個人を超えた所で起こっている事…

「それ」を探して

母よりも大切な女性。父よりも大切な男性。弟妹よりも、親友よりも、愛した人、恩師よりも大切な大人。祖父や祖母よりも大切な老人。読書よりも音楽よりも映画よりも大切な空間。珈琲や煙草や瞑想よりも大切な時間。仕事よりも大切な行為。食事や運動や睡眠…

水平な気持ち・祈る気持ち

感覚を区別したい。一つに、活力が漲ってくる感覚。動物的な本能に突き動かされる感覚である。無酸素運動をしている時などに、がああっと沸き立ってくるものだ。呼吸が激しくなり、指先が震え、髪の毛が逆立ち、肌の上に波が走るような感覚を覚える。次に、…

新しい習慣のために

新しい習慣を身に着けるためには、古い上着を脱ぎ捨てねばならない。過去の文化を切り捨てねばならない。だが、一度切り捨てたら最後、もう二度と手に入らないものもあるだろう。新しいものが古いものよりも優っているとは限らない。ここに於いて、善悪の判…

独り、独り

精神を鎮めて、身体を落ち着かせて、口を閉じている。静止することが困難なときこそ、ジッとしているのがいい。意識は明瞭のまま、心を沈黙させて、横に伏せている。まな板の上の鯉のように、堪忍している。振り向かず、感情に浸らず、未来に期待せず、この…

深夜飯の誘惑

夜に食べたくなるのは何故だろう。何を食べたいのだろう。おにぎり。だし巻き卵。焼きウインナーにマスタード。コッテリのラーメンよりも、温かいたぬきうどん。冷たいアイスクリームよりもお汁粉。コーンポタージュ。熱々のおでん。鴨南蛮。 そうか、私は夜…