Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。Peace.

最強論、または自己について

男たるもの常に最強であらねばならない。無論、最強とはありとあらゆる面に於ける頂点の事であり、日常と非常の区別なく、人種や階級や文脈の変化に能く対応する事ができるということだ。最強とは標準以上ではない。または、別の「最強者」からのお墨付きを…

下らない事を止める

人生を豊かにしよう、なんて考える方が間違っているのだ。決意など、その瞬間にだけ効力が備わった、まさに一瞬の気分の高揚に過ぎない。または、新たな決意とは、古い決意を拭い去る物ではなく寧ろ、私の中に在る習慣の強固さ(保守性と言っても良い位だ。…

詰まらない本の読み方

つまら・ない 【詰まらない】( 連語 )〔動詞「詰まる」の未然形に助動詞「ない」の付いたもの。「つまらぬ」「つまらん」「つまんない」の形も用いられる〕①満足感がなくてさびしい。心が楽しくない。 「話し相手がなくて-・ない」②興味がもてない。おも…

何がそうさせるのか

美について考える時、私が思い描くのは、なぜ彼はそこまで苦労を重ねることが出来たのか、という「背景知」とも言うべき、または彼の生身に纏わる事柄(父との関係、母との関係、良心の在り様、友人関係、師弟関係、異姓関係、郷里への思い、死生観、世界観…

「美の鑑賞」という名に於いて・・・

鑑賞とは、これ程までに私を退屈させるのだろうか。下世話な話で恐縮だが、自慰行為とは、鑑賞と身体表現の合作である。その意味で、単純な鑑賞よりも積極的な価値を見出せるかもしれない。映画鑑賞、音楽鑑賞、そして読書。私はこれらを愛するのだが、しか…

楽がしたいから、働こうと思う

私は、楽がしたい。働かないと駄目になる気がして、その嫌な気分から逃れられるのが、働くという行為だったから、私は、働かざるを得ない。楽がしたいから、働きたい。働いていると、たとえどんなに詰まらない仕事でも、人の役に立つかもしれないという淡い…

怒号一発、そして考えたこと

最近、怒号を上げていないな、と思い、朝、誰も居ない実家のリビングで一発「喝」を入れてみた。空気を震わせるような、邪気を払うような怒声だった。 怒りとは、憎しみと似て非なる感情である。否、これは感情というよりも現象である。身体表現である。内的…

鍵を忘れた:その喜劇的なること

鍵を家に忘れたのに、帰ってみるとドアが開かない。なぜか。同居人がドアに鍵を閉めて仕事に行ってしまったから。馬鹿な同居人だ。俺が鍵を持って出ていると思いこんでいるのだから・・・orz これは二度目である。一度目はもっと悲惨だった。ケータイも財布…

絶無と虚無 

絶無。最近覚えた。良い言葉だ。「絶対」ではない。それは既に中心軸の面影を持っているから。生きると覚悟を決めるには、死の誘惑を絶無に帰せしめねばならない。結界を張る時の「破!」という掛け声とともに、己から邪気を薙ぎ払わねばならない。ここに於…

鷹揚自若——精神衛生学への初期衝動

今日も元気だ煙草が旨い、というキャッチフレーズがある。今では考えられない広告文である。煙草は体に毒であり、特に妊婦や青少年にとっては猛毒である、また肺気腫の原因となり、肺気腫という病気は息苦しさを招き、動悸や息切れ、高血圧症を招く云々かん…

自殺が否定されるべき根拠(N氏を偲びながら考えたこと)

・独善的であるから ・死んだ後に屍となった己を弔うのに、絶対に他者(司法、行政、宗教団体など公的な機関を中心とするコミュニティ)を早急に必要とするから。 ・また、屍を弔う過程において、親しかった人々に大きな後遺症を残すことになるから。たとえ…

自信の内面化=成果の見える化

自信とは偶然の結果ではなく、その殆どは必然の状態である。ヤル気(殺気・徹底性・ある種の狂気)が漲るとは、精神と肉体の軽やかな証であり、それには何らかの原因があると見るのが因果律である。私は、あまり偶然に事を左右されたくないタイプの人間だか…

淫らな眠りに耽ることに恥じらいを持つのならば、せめて善く働くために安らかに眠らなければならないという事

極端であるとは、即ち、人間らしい生き方をしているという事だろう。極端でなければ生きる経験を味わうことが出来ないと、眼に獣性を宿しながら語る人を私は知っている。落ち着きなく生きることこそ、逞しい人間の在り様だと言わんばかりに、彼は立ち振る舞…

雑な思考では雑な文章しか産まれないが、それとて二度と同じ雑念は生まれないのだから、その表現だって無価値という訳でもないという事

ブログが私に教えてくれたことは、私が気が付かないだけで、きっと膨大にある。私の鈍感さが、知識の吸収率を穏やかにしているのである。(その意味で、私は知り過ぎてしまう人々、知的好奇心がどうしても抑えることのできない人々、または最初から何でも心…

疑心暗鬼と自暴自棄

この数年来で、私が最も高い興味と関心を抱いているテーマは、疑心暗鬼と自暴自棄の連関についてである。如何にして「疑心暗鬼を生ず」と呼ばれる現象が生じて、その結果(原因?)として「自暴自棄」という選択が生まれ得るのか。また、これは私の個人的な…

好きな子と、好きな事を

好きな事は未だ分からないし、好きだった子は行方不明だしで、最近はめっきり萎んでいる。英語の勉強が好きなのか、ヒップホップが好きなのか、まあ、大学院に行ってまで研究したいと思うくらいだから、好きなんだとは思う。結果的に、英語とラップが好きだ…

好奇心の育て方

好奇心とは、谷底ようであり、星空のようであり、山と海を結ぶ川のようである。好奇心の旺盛さは、精神の器量を表す。精神現象を、繊細な精神と幾何学の精神とに二分して考えたパスカルに倣って、私も私の精神を極限状態と始原の状態にまで拡張・還元してみ…

力を求めて・・・

これは知性論ではなく力学論である。力とは何かを本腰を入れて考えねばならない。エネルギーとは何かを、活動とは、前進とは、後退とは、物理学と宗教学が邂逅する瞬間まで、私は問い続けねばならない。一個の確固たる信念なり、覚悟なり、意味の獲得経験を…

自殺について考えるための第一歩

人はどこまで賢くなれば生きて行けるのだろうか。言い換えれば、どこまで愚かになれば死んでしまうのか。仮に賢さ(知性の高さ)を薬とすれば、愚かさ(知性の低さ)は毒になるのか。こんな単純な二項対立からは、きっと有効な議論、常識に基づいた推論が出…

怒りの暴発、またはエレベーターでの咆哮

ついに堪忍袋の緒が切れてしまった。止めどなく、吠えてしまった。心の中で収めきれない怒りと憎しみが、咆哮となって、思いがけず露出してしまった。エレベーターホールで、それは起きた。口汚く罵った。最後の理性として、その言語は日本語ではなく英語を…

中島義道と根本敬:二人の師について考えたこと

「恩人」とは概念上二種類に分けられる。今この瞬間(現世)に恩を頂いてい居る「先生」(私には四人の先生が居る。Y.I.先生、O.A.先生、N.M先生、そしてO.S先生である。)と、前世か来世の私(幾分比喩的である、だが実感の上では強烈なリアリティのある言…

退廃気分を退屈日記に変換しよう(はてなブログへの感謝)

はてなブログに感謝したい。私の退廃的気分が、はてなブログに出逢って、本当にそれは全くの偶然で、殆ど気の迷いと言っていいくらいで、いつもの様に「シニタイ」と無音で叫んでいた時期に、グーグルに「学校 教員 辞表 書き方」で検索する代わりに「ブログ…

恐れに対峙する為の姿勢(attitude)についての試論

恐れとは、先ず根源的な種類の恐れと、表象的な種類の恐れに区別が出来るだろう。前者とは、例えば、今日私が死ぬ可能性であり、または私に非常に親しくしてくれた人々(母、父、祖父、祖母、恩師、知己、恩人など)と死に別れる可能性であり、または、戦争…

プロフェッショナリズム論

プロフェッショナリズム、略して「プロ」である。この世に職能集団は数あれど、「プロ」と形容できるものは極僅かである。「職人=プロ」では断じてない。「社員=愛社精神の持ち主」がいつも成り立つ訳でないのと同様に、「バイト=真面目ではない」という…

違和と不和、その感覚と実体

違和感を覚える事、それは何かが内部で起動していることを知らせる合図である。「虫の知らせ」と呼ばれる現象について、その現象を離れて、客観的(=あくまでも完全な主体から離れようとせず、客体「的」であり続けようとする、その恣意的で我儘で幼稚な心…

ヒップホップの初期体験について

明日のことを考えると、少しだけ胸が痛い。早朝のバイトについて。バイトリーダーに眼をつけられて早一ヶ月。そろそろ限界かなと思って居て、やっぱり一昨日「その日」が来た。で、休みの電話を入れた。 この感覚を思い出した。電話に出たのはサブリーダーだ…

何か欠けている実感

何か足りない。やり残し、手付かずな仕事、納期遅れ、返却期限の過ぎたDVDと図書館の本、賞味期限切れの保存食品。こうした物事は不快感の種である。心のわだかまり、肉体の変調、魂の軋みや歪み。これは虫歯のように、放っておいたら絶対に治らない。また、…

そうだ、ヒップホッパーに成ろう!

そうだ、そうだ。ヒップホップがあるじゃないか。僕とヒップホップ。その密接な関係、肉体的精神的関係、魂の交歓。これを手放してはならない。これが無かったら、今頃私は打ちひしがれていただろう。ヒップホップとは(そしてロックも)魂の名前だ、とMOROH…

ヒップホッパーへの回帰

どうせ生きるのだ。私はそういう人間だ。死ぬ事を選ぶことが出来ない弱い人間。人殺しには為れそうもない。自殺する権利を行使しないまま、自然発生的な死を待つのみである。事故死、病死、老死、衰弱死。そんな日も、今から起算することが出来たら・・もし…

絶え間ない捨象

生きるとは捨象される事である。このような言葉が私の口から吐き出されたことに戸惑いを覚える。自分でも何を言っているのかよく分からないから、この言葉はきっと借り物なんだろう。言葉には、レンタルビデオのCDやDVDのように貸出記録や製造番号やバ…