Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

好き嫌い

『無知の涙』を開いて

少し驚いた。この作者、永山則夫(1948-1997)の文体は、私の文体と似ている。読んでいて恥ずかしくなるようなところがそっくりだ。告白文とは、このような文体に自然と落ち着くものなのだろうか。それとも、私と永山が、どこかしら似たような悩みを抱えてい…

散歩道の発掘

昨日のことを忘れるために、明日に過剰に期待しないために、今日を歩く。反省と発見と工夫のために散歩をするのである。改善し、次善策を見つけ、家に帰るまでに段取りをつける。より善く生きんとせんがためだ。冗談でなく、真面目に。または、もう何も考え…

あれか、これか

人から金が欲しいと言われる。私には余分な金はない。どうするか。私はこの金がないと生きていけない。だがその人は私を試したいと言う。試すとは、私の信頼性を試すというのだ。金をくれれば信頼し、くれねば信頼しない。なんという過酷な試練であるのか。…

人情派になりたい

人間関係という言葉は、同語反復のような響きがある。人間とはその存在自体が相互依存関係の上に成り立っている。人間に関係するとはどういう事態だろうか。「関係」に関係するとは、頭では理解できるが、実態としてイマイチ把握しかねる。 人間は一人では生…

嫌いなもの

嫌いなものを語るのは好くないことだと教わったのは、遠い昔の話だ。誰かから聞いたのだろう。母親の「好き嫌いしてはダメ」という言葉からの連想だろうか。食べ物でなくても、好き嫌いは自然に備わっている。「備わっている」としたのは、その判断が恣意的…

学び少なき一日

一日を布団の中で寝て過ごし、まるで病人になった様な気持ちだった。この病室に在る物を見回してみる。まず頭上を照らす赤褐色の電灯が終日付けたままになっており、眩暈と頭痛を引き起こしている。私は腹ばいになって寝ている。右の耳を下にして寝ていたた…

歯止めの掛け方

修論やろうやろうと思っても、全然手に付かない。手に付かないっていうのは、生理的なもので、だからこそ厄介なんだけど、要はやろうとすると気持ち悪くなる。ありとあらゆる不快感が体と心に襲い掛かる。恥じらい、屈辱、怒り、鬱屈、恐怖、既視感、吐気、…

オートマチックな信心が嫌だ

私は毎日苦しんでいる。苦悩する己を生生しく感じる。抑制が効かないのだ。思考を止めたいが、それは本当に死ぬ時だ。思考は眠っている間さえ、意識の下で蠢いている。「シニタイ」と思う。だが、これはキッカケに過ぎない。大抵の場合、私は負けてしまう。…

政治、語るべからず

暇な時、または、手持無沙汰な時、私は政治に関心が往く。痛快な批判を聞きたくなり、動画を調べる。議論に参加する事こそ政治の根本であるという甘言を信奉しているのだ。画面上の議論に参加することは、このブログと同じくらい、当人にとって意味があるし…

論文人間

別に、自分の素性がバレてもどうってことはないのだ。失う物、守る物、棄てる物も己の身体以外何もないのだから。裸一貫である。わざわざこんなブログの書き手の何者かを詮索する物好きも居ないであろうから書いておく。私は、或る地方大学の大学院の教育学…

広告嫌い

日々目にする下らない手法のリストを並べてみよう。幾つあるのか。 【全体について】 虚仮威し。ハリボテ。権威付けの為だけの引用。横文字。難読漢字。専門用語。聞こえの良い音、見栄えのするイメージ。 【メディアについて】 筋肉隆々な体。八頭身の帰国…

俗物であるということ

つくづく自分は物事を進めるのが遅いと思う。言い訳や不平不満を並べ立てて、仕事をしない。承認欲求だけは人一倍高いくせに、相手の承認欲求を満たそうとはしない。狡いのである。セコい。ケチだ。しみったれだ。 さて、昨晩、どうにもたまらなくなって、修…

ポップとロックとオルタナティブ

社会的動物としての人間という生き物は、共存共栄する為に様々な制約や制限や規制に縛られる。だが真に自由な人間は、この制約の中でも精一杯生きる人間である。あるロック歌手は唄う。「大人は誰でも必死で毎日戦っている」。私は、この様な、深いんだか浅…

「読む」と「書く」を繋ぐ「こと」

手持ち無沙汰になって、取り留めのない事を考えるとき、自然と鉛筆を握りたくなる。書き散らしておいて、後で見返すととんでもないことが書いてあったりして、自分の阿呆さ加減を疑いたくなる。私は基本的に、思いついたことだけしかブログでは書かないので…

文章に於ける偽・醜・悪

病床に臥している時には、栄養価の高くて消化のしやすい食べ物が好まれる様に、心が荒んでいる時は、味わい深くて理解しやすい文章が求められる。美食家と文芸評論家はその意味に於いて、少し病的である。両者とも、敏感な舌と鋭敏な眼を持っていない事には…

身勝手な人たちについて

身勝手な人が嫌いだ。かと言って付き合わないままで済むとは限らない。私は自分の与えられた仕事をしている。これ以上は無理だから、押し付けないでくれ。私にはケンリがある云々。これは、雇う側の論理と構造的に同じである。お前は俺の会社の社員だ。社員…

ブログ的な文章

飯を喰わなくても生きていける時代になったらどうなるんだろうか。 飯を喰うとは働くことであり、働くこととは飯を喰うことだ。 飯を喰わないとは働いていないことであり、働いていないのは飯を喰わないことだ。 生きんとする意思とは息を吸うことであり、息…

淋しさとさもしさ

夜一人、六畳の部屋で、ぽつねんとパソコンのスクリーンを眺めるのは淋しい。淋しさが募ると部屋から出たくなる。一肌恋しくなってるんだろう。自分に言い聞かせる。この淋しさも欲望も、表象に過ぎない。表象に踊らされるのは馬鹿げている。しかし、心でど…

新幹線に乗るということ

今日は新幹線に乗って大阪まで日帰り旅行だ。友人の結婚式に招待されたのである。 新幹線に乗るとは特別な経験である。新幹線には新幹線専用乗り場があり、新幹線専用チケット購買所があり、在来線では普段使わない指定席制も新幹線ではむしろ当然である。新…

私論は下らない

感性・理性・知性の根本はそれぞれ、疲労感・不快感・厭世観である。ニヒリズムが発見されるずっと以前から、言葉や論理や信仰心が生まれる前から、ずっと在るのはこの感覚であるのだ。疲労感は万能感に、不快感は快感に、厭世観は礼賛に、それぞれ帰納して…

脳は呟く

・昼寝ると夜寝れない。 ・朝珈琲を飲むと夜寝れる。 ・昼に仕事すると夜寝れる。 ・暇すぎると疲れる。 ・歩きすぎると疲れる。 ・寝過ぎると疲れる。 ・寝室の明るさ、温度、湿度、音量、寝具の快適さを求めすぎると、疲れる。 ・何事も、求めすぎると疲れ…

眼鏡が好き

人の顔が覚えられない。たまに鏡に映る男を見てぎょっとする。お前、誰?頭の中でイメージを浮かべることが難しいのだ。だからであろう。写真を撮ったり、画像検索を頻繁に行うのは。 予備校生の頃に眼が悪くなってしまい眼鏡をしないと黒板の字が読めなくな…

小学生が疲れている

最近私は暇である。これでは巷の小学生の方がよっぽど忙しくしている。私の勤める塾では、主に小中学生が対象であるが、どの児童生徒もすこしお疲れの様子である。それもそのはず、彼ら彼女らにとって、夏休みとは全然休みでも何でもないからである。まず毎…

挨拶について

ひょんなことから、今日の話題が決まった。挨拶についてである。私は、実のところ挨拶というのは中々始末に悪いもんだと思っている節があって、特に話したい訳でもない。しかし決まったことに対して文句を言う訳にも行かないので、指に任せて話してみること…

忘れ物と遅刻

私には二つの才能がある。それは忘れ物と遅刻である。恐らく私にはこの二つの才能が授けられている。悪い冗談だ。なぜ逆ではなかったのか。いつも忘れ物をせず、いつも時間通りに動ける才能を与えてくれなかったのか。長い間、私は自分の才能を呪っていた。…

下手な文章・アホな文章

下手な文章とは書こうと思って書けるものではない。本人は精一杯上手に書こうと背伸びしているのだが、痛々しいほどに言葉に意味が乗っからない。痛々しさだけが伝わってくるので、読む方からすれば、内容よりも書き手の精神構造に注意が行ってしまう。どん…

トラウマの克服、つまり如何にして論文を書くかということ

二度の休学と復学を経て、遂に修士号を獲得する長い研修期間が始まりつつある。正確には既に始まっていたのではあるが、研究するより心と体を整えるのが先決であった。3ヶ月掛かって漸く体調の復帰の見通しが立ってきた。体が元気になって、心が幸福に近づけ…