Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

想念

物思う日々

束縛と解放の関係は責任と自由の関係と同じであるか、少なくとも類似している。 自分の判断規準に則って物事を選択することの大切さは、仏教者でも、キリスト者でも、神道者でも、全く同一である。即ち、求道者とは自己の格率を外部に依拠しないのである。法…

もういいや、と思った

求めることと失うことは等分である。学位を求めて職を失い、本を求めれば記憶を失う。体験を求めれば理性を失う。魂の安寧を求めれば人倫を失う。知性を求めれば素朴さを失う。健康を求めれば回復を失う。女を求めれば友を失う。友を求めれば女を失う。親を…

修了証の紙の重さ

飲茶を趣味にするのは、独立心を鍛えるのか癒やすのか知らないが、癖になるのは間違いない。何処に行っても煙たがられる喫煙者にとって喫茶店は都会の憩いの場、オアシスである。独りになる。一人を感じる。私は会話を好むから、このブログはうってつけだ。…

悲哀と諧謔の精神

恐怖症、トラウマ、恥の経験、数多くのネガティブな体験などは、私を苦しめ、心を蝕み、病み、萎えさせ、窒息させ、痛めつける。これは単なるマゾヒスティックな性癖の故だろうか。(俺はマゾなのか?サドだと自覚していたが、本当の所は分からないが)心の…

言葉・直観・批判

傍観、沈黙、判断中止、逃避、退行、凝視、観察、自省、内観、超然、諦観、焦燥、失望、絶望、希望、発見、工夫、記録。 昨年の私は、今挙げた単語のいずれかの状態であった。ある状態は直ぐに別の状態に移った。朝、希望に満ち溢れていても、昼には絶望して…

善なることについての雑感

善は急げという。誠に正しい経験則である。急がば回れという。これも誠に正しい知恵である。これを繋げてみる。善は急げ、だが敢えて回れ。これこそ、わたしに相応しい箴言である。善を見つけ、指摘されたら、直ぐに取り掛かる。取り掛かりまでは一瞬にせね…

愛と美の直観の必要十分条件

気分の変調についてより深く考察しなければならない。その考察に必要なものは、言葉では足りない。愛と美の直観こそ必要十分条件である。 愛と美の直観。あと十年、いや二十年、三十年掛けて、愛と美の直観力を身に付けたいと思っているのである。その為には…

晴耕雨読への憧憬

私の思想を形成するのは、根本には私の祖父母の生き方があり、産み育ててくれた父と母の思想があり、仏教(浄土真宗本願寺派)があり、神道(天理教)があり、恩師への堅い尊敬があり、H県の持つ質実剛健の風土があり、その次にヒップホップがあり、翻訳家の…

快楽と生の実感

自分のことを自分で決めるとは、数多くある快感のうちでも最も上位に属する。主体性と快感を感じることは、つまり生きていることの実感は、表裏一体である。 痛みが快感になり癖になる人が居る。手首から溢れる真っ赤な血が指を伝って滴っていくのを、まるで…

HSPの死

痛みに弱く、プレッシャーに弱く、打たれ弱く、気怠さに弱く、退屈に弱く、意志が弱く、身体が弱く、先取り不安してしまい、引っ込み思案で、環境の変化に弱く、気圧変化や天候に左右され易く、回転に弱く、すぐ吐き出し、弱音をこぼし、大袈裟に物を言い、…

当たり前のことについて

当たり前のことを話そうと思う。目新しいことや、禅問答のようなことは、一旦お休みして、当たり前の事だけを当たり前のように話すことを心掛けたい。 時間は有限である。否、私の活用できる時間は有限である。 ところで、死にたい気持ちが消えない。頭から…

信頼よりも、自己承認よりも、大切なこと

信頼は尊いものとされるが、信頼よりも自己承認の方がより尊いと思いたい。人から信頼されなくても、自分で自分を認めてあげられたら素晴らしいのではないか。私は甘ちゃんだろうか。自己承認とは、何物にも代えがたい、特別な価値・意義・役割を備えた関係…

快楽の追求とエマーソンの発見

何をすると(されると)自分は気持ちよくなるのだろうか。逆に何をすると(されると)自分は気持ち悪くなるのだろうか。自分の中に確かにあると思われる快楽原則について考えてみたい。その原則は果たして存在するのか、幻想に過ぎないのか、この際ハッキリ…

内心の自由を享受できるということ

「死にたい」は「生きたい」の裏返しであるとよく言われる。確認のしようもないから、言葉の綾のようなものだ。「死にたい」と思っているとき、私は「生きたい」と思っているのだろうか。率直に言えば違うと思う。「死にたい」とは、生物学的ではなく、社会…

言葉は力だ

死にたいと思うことに善悪の判断を自分で下すのはあまりにも過酷すぎる。一日少なくとも十回は意識的に死にたいと思う。意識に昇らないまま、言葉にならない辛く苦しい気持ちが沈殿しているのかも知れない。または、自分を責めるべきだと信じ込んでいるのか…

上野公園にて

体を秩序で整え、心を矛盾で満たし、魂を自由に遊ばせて歓ばせる。それで良いんだろうと思う。 今日、上野公園の中にある不忍池辯天堂に、母を連れて(連れられて)お参りして来た。百円の簡易おみくじを引いて、開けてみて読んでみて驚いた。 親類にまでわ…

道具的感性としての理性

是迄私は、理性とは本の何処かに記述されている対象物であり、物理や化学の法則のような厳密で厳格な性質を備え、その法則の前提(prescriptionと西部邁さんは生前強調されていた)を実感として身に付けることが、法則を理解し活用すること以上に大切である…

安直な言葉遣いについて

言葉の大安売りだ。空語空語空語。私の言葉は無限に軽い。責任の無い者の言葉は、意味も価値も重みも無い。果たして言葉は自由なのだろうか。責任を果たさない者の言葉に真の自由は宿るのか。言葉には本来罪は無い。作者が罪人であっても、作品には罪は無い…

小さな"a"

変化について少し考えてみたが、実は私は(私たち人間一般)いつでもどこでも、刻々と、観察できないくらいの微小な速度で、しかし一時も止まることなく変化し続けている。生を受けてから死に至るまで、心臓の鼓動が止まることが無いように、細胞分裂を繰り…

回心と変身

私は変化を恐れている。心が回心することを、体が変身することを、恐れている。その時に恐れているのは、心でも体でもない、私の魂である。私の良心である。私の知性である。 私自身、最近、言葉遣いが怪しくなってきたので、私自身の用語を整理したいと思う…

本棚の整理

本棚に入りきらずに、床に積み重なった紙の束が崖崩れを起こしている。大まかに分類を作る。フィクション、ノンフィクション、学習参考書、教科書、辞書、洋書。そうして、本棚の窓にラベリングして、本の規格に合わせて並べていく。まるでそこに置かれるこ…

心の実在についての暫定的回答

なんとなく気持ちが落ち着かなかったり、胸騒ぎがして寝付きが悪かったりするとき、多くの場合、その症状には明確な理由がある。片付いていない仕事、資格試験や入社試験の準備不足、期限ギリギリの課題などはそうした理由の典型である。 やらねばならないこ…

美しくない私

私は自分自身の事柄について考えすぎていると思う。どう見たって私はニヒリストで、エゴイストで、ナルシストである。気持ち悪いと思う。厭らしいと思う。止めたいと思う。思えば思うほどに、語れば語るほどに、泥沼化していると感じる。だから、仏教者(仏…

専門人より平凡人

本気でやると疲れる。視野が極端に狭くなる。目の前しか見ないから、事象の背後にある連関や、隣の人が死にかけていても気が付かない。私は、極力、本気にならないようにしている。私は、効率性や、合目的性や、合理的解決もある程度功を奏すとは思うが、そ…

大学受験・仕事探し・婚活

仕事探しは大学受験と似ている。可能性は百も二百もあるが、選ぶのはたった一つだけだ。職業を選び、職種を選び、業界を選び、会社の規模を選び、待遇や労働環境の充実度から選び、選考条件を満たすものから順に受験していく。受かったものを、良い順に並べ…

優しさの定義

私の奇癖の一つは、人から優しい言葉をかけられたり親切にされると、「死にたい」と心の中で呟いてしまうくらい動揺してしまうことだ。この「死にたい」とは、実際に首を括ってしまいたい訳でなく、穴があったら入りたい、に近いかもしれない。つまり、優し…

機械的生活論

「機械的」とはネガティブな文脈で用いられる言葉である。辞書でその意味を確かめてみよう。 【機械的】〘形容動詞〙 ①機械を使って仕事をするさま。 ②機械に関する方面。「採掘作業に―なレベルの問題が生じる」 ③機械が動くように、意志をもたずに決まった…

紙屑のような言論

言論に勇気づけられたことが、たった一度でもあっただろうか。勇気とは言葉に依らない説得である。即ち、無条件な愛である。アフォメーション的である。西尾和美氏の『心の傷を癒すカウンセリング366日』(講談社)から抜粋してみる。 自分は生きるのに、あ…

怠け病について

やらねばならないと思いつつ、やらない。やらないと叱られると思うのに、やらない。提出期限ギリギリになってもう間に合わないかもしれない段階になっても、尚、やらない。なぜか。分からない。先延ばし。英語で言うところのprocrastinationである。英語圏は…

強欲な善人

宗教とは狂信である、とは身も蓋もない言い方ではあるが、正鵠を射ていると思う。健康的な宗教というものを、私は寡聞にして知らない。聖典の権威は信者らの盲信が支えている。このことは、仏教者でありたいと願う私が、よくよく理解しておかないといけない…