Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

習慣と宇宙観

 日記は朝書かない、いや原理的に書けない。まだ一日が始まってないのに、もう反省したり告白したりすることがあるのか、と普通の人は思うでしょう。(普通の人って誰だ?)僕の最近の日常生活は、いよいよ「普通の人」のそれとかけ離れてしまったので、夜に始まり明け方に終わるサイクルなので、こんな時間に日記をつけているという訳。

 1週間、ご近所さんから友人知人恋人同僚親戚家族に会わないのは、全然何ともなくなっている。歯医者にすら行くのが億劫で、一応自分の中で「行きつけ」と思っている何軒かある喫茶店やレストランにすら金欠のため週1程度に抑えざるを得ず、近所の図書館くらいしか外出る機会がない。散歩も習慣化がなかなかしない。やはり意識して、30分散歩する、と決意しなければ習慣も永遠なるものに留まり続ける、のか。

 習慣についてよく考える。今まで「欲しい!」と思ってある程度実現した習慣の一覧表を紹介すると、まず早起きの習慣。自炊の習慣。読書の習慣に日記をつける習慣。執筆の習慣。掃除や洗濯の習慣。散歩、筋トレ、柔軟体操の習慣。朗読の習慣。詩作と思索の習慣。人と食事する習慣。喫茶店で人と話す習慣。飲み屋でだらだらと話す習慣。メールする習慣。習慣を作る習慣。習慣について考える習慣。習慣を持つことの大切さを振り返る習慣。俺は習慣病だと思う。その結果、習慣に心が奪われて、習慣の虜になって、一回限りの体験や経験を軽視して疎かにしてしまった。ああ。

 今日から1ヶ月することは、まず健康な体のために7時間(散歩を1時間。睡眠を5時間。食事を1時間。入浴を1時間。)研究を12時間(執筆を5時間。読書を7時間。勿論休憩も入れて。)心の整理のために5時間(家事を0.5時間。日記を0.5時間。他は読書、思索、電話、会話)計24時間。スケジュールを作るとき、一番自由を感じる。それが習慣になったとき、はじめて僕は、習慣から抜け出せるかもしれない。自分で習慣を作り出すことくらい、何者からも束縛されない自由闊達な気持ちになることはない。

 気づいたことは、習慣を作るとはガチガチで無機質で殺人マシーンのようなミッションを立てるのとは全く違い、(そんなのはSFの世界だ)本来のわたしが望んて来たものは、現実の緩やかな時間の中で、小休憩や、散歩や、聖なる時間と俗なる時間を行ったり来たりしながら、主とともに歩むような、一体的な宇宙観のもとで作り上げられるもの。大事にしたいのは妖怪、たましい、想像力、美しい死に基づいた静かな生の在り方。

 指に任せて打ったので意味不明な個所が多いが、読む人もないと思うのでこのままにしておく。要点を絞ると、習慣を作るときは、自由時間から先に作りましょう、ってことです。一回切りの経験がすんなり入るような隙間時間を作らないと、ガチガチの硬い頭の持ち主に(なぜか親鸞が想起されるが)なってしまうよということ。合掌。