Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

哀しみを乗り越える

 親に心配をかける息子(僕)。将来生きていけるんだろうかと、不安に思う母親。実際、社会の隅っこで生きている息子の安否と行く末を案ずるのは、親心だろうなと思います。そんな親を持って、有難いというか、重いなあというか、自分が情けないというか。きっと、あんな子に育ったのは自分の責任だと嘆いているに違いない。ご飯も喉を通らないに違いない。生活力のなさを、信念の弱さを憂いているに違いないのです。本当に、生きていてすいませんと言いたくなる。泣きたくなるし、現実に父母は泣いている。どこで間違ったんだろうかと、思っているに違いないし、何で目の前の課題や宿題や仕事に取り組まないのか、心が弱いのか、優しすぎるから、もっと鍛えておくべきだったと、成育歴にバツ印をつけている。親不孝な息子くらい、頼りないものはないだろう。立つ瀬のない気持ち、でも明日の仕事はやってくるしで、本当に迷惑をかけているなあと思います。いつになったら独り立ちするんだろう、自律自立自活した人間になるんだろうと思っている。そして、そうならなかったのはすべて私たち夫婦の責任があるんだと信じ込んでいる。産みの親の苦労。今の私には決して到達できないであろう苦労。自分のために生きるのが、本当につらいここ最近です。自立とは一体何でしょうか。自己責任とは。就職とは。お金を稼ぐとは。親元を離れるとは、一体なんでしょうか。精神的な自立とは、経済的な自立とは、なんでしょうか。自立とは一体善いものなのか。苦労を知らない人間、苦労しか知らない人間。両者は理解し合えるのか。血の繋がりとは、やはり縁なのでしょうが、なんでこうも悲哀や苦しみにあふれているのか。隣の芝生はなんであんなに青いのか。私の家には疫病神でも憑いているんではなかろうか。先祖を大切にしなかったから、他人を蹴落としてきたから、子どもに自由を与えなかったから、苦労を分散させず、義務の気配や恩義ばかりを押し付けたから、苦労している様子を通して、汝の勤めを果たせと言ってきたから、つまり、何も知らないのに、これしろあれしろと言ってきたから。そういった、これまでのすべての家族の歴史を紐解いていくと、やはり自分は恵まれすぎていた、あまりにも自らの個性と向き合わざるをえなかった、内部にばかり気を取られ過ぎた。心の内奥に真実があるとばかり思ってきた。家から離れた「世間」という教科書を学んでこなかった。世間からでたエッセンスばかり欲しがって、自分では動こうとせず、情報を有難がって、なにかを知った気になっていた。母親の苦労を知らず、父親の苦労を知らず、私は今まで何をしてきたのか。そして、今ここで果たすべき務めは何であるか。

 こんな個人的な問題、家庭問題を開示するのも、やはり自分が人恋しいからだろうと思います。言葉で表さないと、心が張り裂けんばかりで、悲哀に押しつぶされそうだからです。でも、みなさんもそうした誰にも打ち明けられない個人的な悲哀を耐え忍びながら、毎日の日本を生きているんだろうと思います。ほんとうに頭が下がります。

 自分にはひょっとして、売文を生業とするものの資質があるかもしれない。言葉になりえない濁った感情を、まるで自分の感情じゃないみたいに、すらすらといとも簡単に書いてしまう。そんなヤクザな性格を自分に認めてしまった。つまり、感情に向き合うことを中止して、言葉に依存してしまっている。誠実でありたいなんて言っておきながら、すぐに本屋に駆け込んでしまうその不誠実さ。言葉を生業にするものは、不誠実である。そのことをじっくりと考えないといけない。親殺し。それが物書きの性分かもしれないと思いました。しかしながら、親に本当に迷惑をかけないで、家から離れて一人で暮らしていくには、まさしく通過儀礼としての精神的な「親殺し」をしないといけないはずだ。封建型家族社会から核家族社会に移行したときに抜け落ちてしまったのは、この「親殺し」思想なんじゃないか。縁を切るとか勘当とか独り立ちといった言葉の背後には、この精神的な親殺しと子殺しが行われているんじゃないか。言葉の響きが物騒なら、「離縁」と言ってもいいかもしれない。家族という小さい縁から社会という大きい縁に移動するとき、必ずそこには離縁が生じる。そのことを「親殺し」や通過儀礼や離縁や独立といっているだけなのです。そこには、憎しみや悲しみは薄いほうがいい。パステル・カラーの背景色がいい、重松清さんの小説みたいな、淡々とした凛とした感じが理想なんでしょう。もっと、なんでこうすんなり事が運ばないかなあ。本当に、こうやって好きなことが言えるブログがあってよかった。