Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

趣味は少年のように、仕事は老人のように

 趣味と仕事。この二つの線引きは実に難しい。平日は良く働き、休日はよく遊ぶ、というのが一般的な分け方なのだろう。恐らく、正しい、僕にもできる生き方だ。時間の配分をそのようにするにしても、ではその取り組む姿勢についてはどうだろう。或る人は言う。何事も一生懸命に取り組むのがいい。倒れる位までのめり込めば、道は拓ける。また或る人は言う。手を抜く狡さを知るのが大人。適当にやってればいい。人生は暇つぶし。また或る人は言う。自分が本当に好きなことを仕事にするのがいい。いつかbreak through(ぶち抜く)まではじっと耐える。「でも、やるんだよ。」の精神。遊び心を忘れず、趣味を仕事のように、仕事を趣味のようにやるのがいい。また或る人は言う。仕事こそ人生の醍醐味。仕事の思想に比べれば、趣味など手慰みに過ぎん。もし手慰みで満足しないのなら、それを本当の仕事にしなさい。自分が仕事を好きになるんじゃない。仕事が君を選んでくれるんだよ。心配しなさんな。また或る人は言う。選択肢は多い方がいい。仕事も趣味も分けるのは無意味だ。人生は一寸先が闇。何がチャンスで、何がピンチなのかは、事後になって明らかになる。だから、各々のライフ・ステージで、ベターな選択を続けていけば、いつか成功する。これは統計的な真実である。 

 まとめよう。結論はこうだ。それは自分で見つけること。人に聞くな!責任は自分で取れ。そういうことだろうと思う。

 私が今現在持っている主張は、タイトルに書いた通りで、趣味は少年の気持ちで愉しみ、仕事は老境に入ったような気持で裁く。つまり、自分の中に幼く誠実で真面目で豊かな発想を持った「少年」と、年老いてはいるが眼は死んでおらず、経験豊かで、大局観のある、頼りになる「老人」との二人の人格を持とうという訳だ。もっと分かりやすい例えがないか、ふっと思いついたのは、アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』(原題:The Old Man and the Sea, 1952年)の老漁夫サンチャゴとその助手の少年のような信頼関係を、自分の心の海の中に作り上げたい。尤も、私もこの作品を読んだのが大分前なので、あらすじ程度しか覚えていないが、しかし、助手の健気な気配りに対してサンチャゴは、「もうこんなヨボヨボの年寄りに構うもんじゃない」と言いつつも、師弟関係とも友情関係とも父子関係ともとれる、豊かな信頼関係を結んでいるのがはっきりと分る、そんな感じである。

 比喩で話を終えると幾分、読後感が悪い。もっと端的にまとめよう。つまり、私は、健康的な精神分裂症に罹りたいのだ。二重人格を統一する、第三の人格すら持ちたい。ただ人格を高めたいという気持ちだけは真に純粋である。