Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

祖母の直観

 祖母とよく電話をする。大抵要件は無い。祖父が現在病院に出たり入ったりしているので、まずは祖父の心配から会話は始まるが、それは前座に過ぎない。というのも、私が祖母から聞きたいことは、祖母の昔話だからである。祖母の生い立ちを事細かに話し出すと止まらなくなるので、最小限にとどめるが、祖母は一言で言えば、天然である。

 祖母には、私から見れば曾祖父にあたるが、祖母の父とのよい思い出が無い。出兵した後に祖母は産まれているからだ。山育ちで、小さい頃から箱入り娘として祖母の御爺さん(私から見ればひいひい御爺さん、高祖父と呼ぶらしい)に大切に育てられてきた。山に山菜取りに出かけるときも、ひいひい御爺さんは幼い祖母を籠に入れて、その籠をおんぶして坂を上がったそうである。文字通りの箱入り娘である。ひいひい御爺さんは松茸獲りの名人だったらしく、その場所に着くと籠から祖母を抱きかかえて出して「ここで待っとき(ここで待ってなさい)」と言い残し、空になった籠を一人担いで松林に消え、帰ってきたころには松茸で籠が溢れんばかりになっていたそうだ。祖母はそれを見てとても誇らしくなり、帰り道は一人で坂を駆け下りて家に帰ったそうだ。

 祖母は生涯に一度だけ、鴈の群れを見たことがあるそうだ。無論私は図鑑でしか見たことがないが、鴈は、くの字型の隊形を一群とし、東から西に向かって真っすぐに飛ぶ。夕焼けの空を一直線に飛んでいく鴈の群れを、祖母は生涯忘れないと語る。

 そんな山育ちの箱入り娘の祖母が今日語ってくれた話の中で、なるほどそうかと感ずることがあった。祖母は嘗て、30年以上の間、様々な民間信仰宗教法人に多額の財産と労力をつぎ込んできた。ハタと気付いて一旦手を引くのだが、また誘いが来るとついて行って嵌ってしまう。その繰り返しだった。ついこの前も、やはり似たような慈善事業から誘いを受けたそうで、未だに人を疑うことを知らない祖母はひょこひょこついて行ったそうである。何度か通っているうちに、祖母は何度目かの「気づき」をしたそうだ。しかし今度の気づきは違った。今まで祖母は、神様や仏様というのは、自分の外に居らっしゃって、外から自分のことを見て下さっていると思って来た。だが、これまで散々家族に迷惑をかけつつも、小言を一度でも言われたことがなく(祖父は祖母のそういった活動に一切口出ししなかった)、こうして何不自由なく暮らして来れたのはなぜかと自問した。すると、自分の内側に、神様や仏様のような高位の存在を直観した。それが先祖であった。そう、これまで私を支えてきてくれたのは、親兄弟親戚家族だけでない、何千、何万といったご先祖様のご加護があったからなのだ、と。それに気づいたとき、自然と涙が頬を伝い、神棚に祈りを捧げた。それからというもの、宗教法人や慈善事業の営業が来ても、はっきり断るようになった。あなたと私は違う人間である、と。あなたの所属している集団の責任者がどれだけ立派で人格者かどうかは、私の人生と何の関係も無い。だから、あなたもそんなに苦労されてきたんなら、悪いことは言わない、早く離れた方がいいですよ、と逆に相手を諭すようになったというのだ!

 私は正直驚いた。齢八十を迎えた祖母が、今、再び自らの人生を巡らせようとしていると感じたからだ。その言葉には今までの祖母には見られなかった力強さがあった。それは誇りだと思った。遂に、祖母は誇りを手に入れることが出来たのだ。それは立派なことだろうと思った。

 身内自慢で大変恐縮である。しかしながら、こういうプロセスを経て遂に辿り着いた境地は、何人にも侵すことの出来ないある種の神秘性が宿っているものである。私が目指すべき人間がこんな近くに居たとは、正直なところ、全く嬉しい驚きだった。灯台下暗しとはこのことを言うのかと感心してしまった。