Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。Peace.

気分の調整について

 気分に身を任せるのは良くないことは十分分かっている。気分を落ち着かせるにはどうしたらいいのかも、直観的に分かっている。では、分かっているのにやらないのはなぜなのか。それは気分が落ち着きすぎてしまっているからだ。余りにもゆったりと、のんびりしすぎてしまい、心地よいストレス(緊迫感、束縛感、緊張感)が失われてしまっているからだ。心地よいストレスを作り出すには、では、どうしたらよいか。快適過ぎない環境を作ればよいのだろうか。姿勢や動作を制限したり、時間や空間を制限したり、罰則を設けたりするのが善いのか。これは外的なストレスである。内的なストレスとは何か。それは良心の声なのだろうが、聞こうと思うと聞こえてこないのが、良心の厄介なところだ。ここはやはり、過去の自分を振り返って反省することがいいだろう。失敗を忘れないように、少しずつ思い出してみるのがいい。艱難辛苦とまではいかないが、私にも、思い出すのも辛い失敗は数多くある。それらの少しだけを想起して、身を引き締める。  

  気分が異常に高揚してしまい、薬物を摂取した時のような一種の神憑り的な状態になることもある。読むものが全て難なく理解でき、嘗ての疑問も雲散霧消するが如く解決していき、食べるもの飲むものが繊細に感じられ、頭の中央部が麻痺したようになり、身体は反応が鈍くなり、手先が僅かに震えてくる。こうした身体的な反応が起こると、まず布団に入っても駄目である。意識が活性化して寝るどころではない。こういう時に、私が実践しているのは、一分間息を止めるという儀式だ。水中でなくてもいい。思いっきり息を吸って呼吸を止めてみる。心臓の音を聞き、ゆっくり60秒を数える。数え終わったらゆっくり息を吐き出す。息が出なくなるまで吐き続ける。これを繰り返して行くと、自然に身体の芯が落ち着いてくる。ゆったりとした気分になっていく。

  気分に身を任せすぎても、高揚しても行けない。中庸が肝心である。そのための工夫は自分次第で発見できるし、改良もできる。しかしながら、最も重要なポイントは、気分を完全に管理することは不可能であることを認識することである。自分の心もままならない。その観点から出発することが、わたしにとってとても大切なのだ。