Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

教養主義と臆病風を治したい

 教養主義とは恥の文化の浸透の証であると思う。恥を感じない人間は教養など必要に感じない。教養など装飾に過ぎないと分かっているから、礼節もマナーも守らない。不文律の否定と言えば言い過ぎか。つまり全てのルールを言語や記号で記述すべきとし、記述された約束事は遵守するが、記述されないルールについては善処する程度の関心しか示さないという事である。他人から白い目で見られようが何とも思わない(もしくはその振りをする)のは、自分の良心にのみしか屈しないという自己の強さの現れだろう。首尾一貫した態度の持ち主というのはどうしてなかなか付き合い安いタイプだろうと思う程度である。

  教養など必要ないと言い切れるほど胆力が無いのか、勇気がないのか、恥をかくのを恐れているのか、恐らくこれら全てが当てはまるのだろう、つまり、私の身体には教養主義が染み渡っているのだ。恥も外聞もなく、ぶちかまして体当たりする度胸が無いのである。これは悲しいことだ。練習すれば身に付くものなのか知らないが、努めているのは教養ばかりで、勇気の方は一向に身に付かない。勇気の付け方を知るには、どうすれば良いか。焦らずに事に中るにはどうすれば良いか。自問自答を止めて、問題を把握し臨機応変に対処するにはどうすれば良いか。トライ&エラー、試行錯誤法を使って先ずは事に当たるしか無いのかもしれない。

  まずはやってみることが大切なのかもしれない。失敗するためには、先ずは心身ともに元気でないと駄目だろう。でも多少病気だからって休んでばかりも居られない。少しずつ働きながら、徐々に身体を元のペースに戻していくのが良いだろうと思われる。まずは遣ってみることだ。