Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

わたしの相談役:本棚

  分からないことが沢山ある。大学に入った頃は分からないことが実感できずに居たが、最近になって漸く分からないことが沢山あることを前提条件として思考を前に進められるようになった。これは私個人だけにとっての進歩であって、誰かの役に立っている訳ではないから自慢にならない。これは謂わば矜持である。分からない己をまず認め、分からないなりに前を向こうと努める。つまり私の矜持とは己に対する発破である。

  前置きが長くなったが、私は困ったときに一点を見つめ続ける癖がある。同じ姿勢を何時間でも崩さないままじっと座していることがよくある。阿呆になった様に見えるが、本人は到って真剣で、眉間には深い皺が寄せられており、急に笑いだしたかと思えばいきなりパソコンを立ち上げ、猛烈に今考えたことを忘れないように書き留めたりする。そうしてまたベッドに横になったり、煙草を吸いに外に出たり、遠くの空を眺めたり、眠るように考えたりする。本棚をぼおっと眺めて背表紙を追い続けているとはっと気づくことがある。本棚に駆け寄って嘗て買っていたはずの参考書を引っ張り出す。そして、これかあ!と無性に感動する。この本を買っているなんてやるなあ!と昔の自分を少し誉めて遣る。

  次の日になって冷静にノートを読み返すと、何がなんだか分からないことが書き散らしてある。論理的に繋がっている筈なのに全然説得力がなく、矢鱈目ったら「つまり」とか「すなわち」が多用されて鬱陶しい。イイタイコトはそれだけかいと、妙にガッカリする。参考書に付箋が貼ってあるのをゆっくりと剥がす。もう必要ないと分かったからである。対象の真の認識など殆ど不可能であるのは分かるが、こうも読み間違いするものかと失望してしまう。だから余り熱狂することは避けようと努めている。真に絶望しないための一工夫である。

  いつか僕も研究書を出版することが出来るだろうか。その日を夢見て。