Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。Peace.

半・気分主義

[イイタイコト]

  気分にそぐわない行いの反復を、一定期間とは言え、終始取り続ける生活を強制されることは、たとえその行為そのものが正義に資するとしても、果たして健康に資することは無いだろうと思われる。

 

[例示]

  ではここで仮に、正義の実現に向け日々精進している人間がいたとして、彼女が気分にとても左右されやすい性格のあった場合について考えてみたい。彼女は精一杯頑張っており周囲の人望も篤い。人格的には申し分無いのだが、体調や天候、ストレス性の眩暈により責任ある仕事が出来ず悩んでいる。彼女が常に悩んでいるのは、果たして自分は何故こんなにも苦しんでいるのかという事だ。正義の実現に向けて一生懸命頑張って来たのにも関わらず、己ではどうしようもない虚弱体質の所以に、自己の真価を発揮することが不可能であるのだ。これでは真綿で首を絞められているようなものだ。果たして彼女はどうすれば善いのか?

 

[定義]

  翻って考えるに、果たして正義とは何か。立場によってこれ程意味が正反対になる言葉も少ないだろう。ある者が、正義とは闘争であると言えば、又ある者は、正義とは救済であると叫ぶ。戦争と平和は対義語である筈なのにも関わらず、正義という言葉はその何れも包括してしまう。正義論の要諦は、つまり、著者がどのようにして正義そのものについて意見を表明するか、観客に物語りを開陳するかである。ストーリー・テラー(講談家)の素質こそ、正義論の資質判断に与する人格的要素であるのだろう。

 

[自己批判・道化・歴史化]

  ところで、これは脱線になるが、議論において在る事象Aについて語るときにまず問わねばならないのは、これは当該の事象Aについて語りたいのか、関連項目A'について語りたいのか、はたまたそのどちらでもない全く別の事情Bに及んでいるのか、問わねばなるまい。