Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』や五木寛之の『生きるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はただの文学好きの好事家。Peace.

感動の価値

「感動」くらい本来備わっていた価値や意味を無造作に奪われてしまった言葉を知らない。平成の時代はまさに「超感動した」時代だった。「感動」こそ平成のイデオロギーだったと言って差し支えないだろう。例えば、小泉純一郎元総理の「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」という横綱貴乃花関に向けたエールに見られる、端的で分かりやすく覚えやすいフレーズとしての「感動」は、その代表である。これは、オリンピック(夏期、冬季)を中心としたスポーツの祭典に於いても「感動をありがとう」に見られる、バナー広告としての用法にも繋がる。

  祝祭だけでなく慰霊や鎮魂の場面に於いても「感動」はキーワードだった。平成は大きな震災が日本各地で起こった。北海道南西沖地震(1993年)、阪神・淡路大震災(1995年)、新潟県中越地震(2004年)、東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)などであり、その中でも一番被害が甚大なのは、3.11であるだろう。この時は、被災した東北の人達の生活基盤である郷土の「復興」に向けて、日本全体が再起するための合い言葉として「感動」に並んで多用されたのは「絆」だった。

  一緒に感動し、絆を確かめ合い、復興に向かって共に歩き出そう。こういったスローガンが今一つ共有化されなかった背景には、政府やオールド・メディアや東電や電通などの巨大な権力機構に対する反動勢力の異常な高まりがあったからだろうと個人的に推察する。感動や絆がまるで嘘っぱちである事を知らしめる為だけに、メガホンで声を張り上げながらプラカードを持ってマーチングする闘争的集団について、私のようなネットの住民はよく知っている。彼らの実践の有り様を「発信力」と呼ぶならば、私のようなネット情報に容易に踊らされる滑稽な態度は「受信力」とでも言うのだろうか。

  感動も嘘っぱちだと気付きながらも明確な抗議運動にも今一共感できない私は、今途方に暮れるしかないのだろう。では「真面目に」途方に暮れるためには何をすべきか。これは次回以降に論を譲ろう。