Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。Peace.

軽率さの定義

  動かないこととは死んでいることではない。人間は生まれてから死ぬまでダイナミックに動き続けているのだから。細胞のレベルにまでおりれば、生命体と所属するコロニーの関係とは絶え間ない循環である。ここで言う「動かない」とは、選択の保留である。同意も否定もしないままに、時間だけが過ぎ去っていくのをじっと待っているのが常態になっている人間の心の有り様を指すのである。

  これは倫理学においては怠惰と断罪されるべきなのだろうか、それとも苦しみに耐えかねているため救いの手を差し伸べるべき悲哀と思うべきなのか。もしくは本人が全くの判断を神に委ねてしまっていて何の心配もなく安住している場合はどうだろうか。その反対に絶望の縁に立ち続けて、今にも谷底に真っ逆さまに落ちそうになっているのを、曲芸師のような鋭い身体感覚と大胆さと観客に見られている意識から鍛えられた演技能力によって、何とか絶望を諦めて辛うじて死なずに済んでいる、これでもう精一杯であるとしたら、どうだろう。

  人間の無意識の発見とは、逃避の発見から始まる。ある行為によってその無為なることを認識し、改めた認識によって別の行為を選択する、というのが心理学の立場である。問題は、果たして人間(主に成熟した人間)は自ずと改めることが可能であるかどうかだ。こどもは社会に順応するために、強制された行為をまるで自分が選択する意志があったかのように振る舞って、行為を改める。言語化、言明する能力の乏しいこどもは、行為の選択によって意思を表明するのだ。