Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

常識を破壊することも諦めた!

  アナキストとして己を規定した時期もあった。社会に呪詛を吐き続けるために、権威を破壊することだけに霊魂尽きるまで闘いたい。両親の束縛を自ら立ち切り、孤立無援になって己を鍛え上げたい。自分の死を絶えず見つめて、過去の偉人達の言葉や発見を崇めて、現状に満足する豚どもを精神的に殺す快感を味わいたい。無論、本当になぶり殺す訳ではない。論理と知識で完全に武装した上で、相手の気分を逆撫でしながら、向こうが勝手に崩壊するまで忍耐強く待つのである。そして日頃の破壊活動が実って、遂に全人類が下らない生産と消費を止めて、私のように己の死だけを熱心に見つめて、死の恐怖と戦うカントやニーチェのような人生を送れたら、私には根本的に関わらないけれども、私の暮らしはもう少しマシになるだろう。その日までは私は論理超人として、最低限のマナー位は守るが、他の一切の異論や違反については徹底的に取り締まる。ワンマンアーミーである。

  この種類の夢想は、不安から始まり遂に絶望に変わってしまう迄の直前直後に生じた。絶望の段階まで落ちると、こんなに論理的には考えられない。死か生かの二択しかないからである。アナキストの良いところは、元気になれる点だ。元気は美点であるから、精神的な元気さを取り戻せば、必ずこの極端主義は減じられる。過去の己を忘れることは決してない。しかし、人間は意図せずに変わってしまう生き物なので、見ない振りして変わってしまっても全然結構な筈だ。

  物事には全て裏と表がある。それを社会に出る前にもう一度気づくべきである。過剰な期待も、過剰な反抗も、やはり過剰であるのならば健康を害する。健康を害してしまうような判断規準は、私にとって選択を誤らせてしまう原因になる。健康を増進したいのではなく、今ある病気を進行させないことの方が大切である。