Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

捻挫の痛みとバイクの轟音

 今日、久しぶりに足を挫いた。バイトに遅れそうで慌てて玄関を飛び出し、足元も見ずに一歩踏み出した瞬間、革靴が路面を滑ってしまい、左足首があらぬ方向に折れ曲がってしまった。ぐりぃぃぁっっ!!脳天を突き抜ける様な痛みが走る。ああぁっ!つい吐息が漏れてしまう。誰か手を貸してくれ!そう心の中で叫んだ。誰か居ないのか!痛いんだ!左足を擦りながらしゃがんでいると、前方こらバイクを吹かす音がする。周りの建物に反響して、ただでさえ煩いエンジン音が増幅され、爆音になっている。おい、それ止めろ!こっちは怪我してるんだぞ!今すぐ、止めろ!そう心でブチぎれる。バイクの修理工のお兄さんはバイクに向き合っている。私が倒れようが、泣き叫ぼうが、私の存在はバイクの轟音にかき消されている。恐らくエンジンの調子を見ているんだろう、彼は嬉しそうにハンドルを何度も何度も回す。ウォンウォンウォンとバイクは雄たけびを上げる。車体をよく見ると、「隼」と書いてある。私はバイクに関する知識をほとんど持たないが、隼というバイクなら聞いたことがある。確か相当エンジンの馬力がある奴だ。隼、かっけえな・・・大型二輪免許取ろうかな・・・あ、ヤバい!バイト遅刻する!足痛い!

 心が奪われるとき、私たちは痛みや迷いや焦りを忘れる。「隼」の轟音が鳴り響いた一瞬、痛みを伝える神経細胞の信号は脳にまで達しなかった。バイトに遅れるという時間感覚も麻痺して、目の前の「隼」に身体を奪われていたのだ。恐らく、2秒、3秒間くらいだったと思う。その瞬間だけは、「隼」が私もバイク屋のお兄さんも近隣住人も含んだ一帯の存在を全て凌駕したのだ。私の中に渦巻いている感情、つまり、捻挫したことによる強烈な痛みや己の情けなさ、無性に沸き立つ怒り、幼児のように暴れて泣きたい気持ち、誰でもいいから肩を貸して欲しい気持ち、このまま家に帰ってふて寝したい気持ち、早くバイト先に着かねばならないのに一体何してるんだ、という社会人としての恥や焦りや苛立ち。こういった鬱屈した感情の混合体が、あの「隼」の轟音によって一瞬立ち消えてしまった。音の迫力とは、まさにああいった事を云うのだろう。

 バイクの轟音とは圧倒的な力そのものであるのか。バイカーに少し憧れてしまった。