Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

卑屈にならない為に

  低所得を強いられ、貧しい暮らしを甘んじて受け入れるのが長く続くと、人間の性根が段々と腐っていく。人間の人格形成の半分は遺伝子、もう半分は環境と言われる。この説の信憑性は兎も角、なるほどと思わせる程度の説得力がある。結局、人間の価値っていうのはその人の生まれと育ちの良さで決まる。産みの母親も父親も知らず養護施設に一方的に預けられたらい回しにされた結果、ヤクザの組長が親父さんに為りました、というのも納得できる話だ。つまり人間は己の意思だけではどうにもならない事について、産みの親が悪かったからとか、育った環境が悪かったからと言ってしまえるのである。そして実際にその指摘が的を得ているが故に、疑い様のない真実によって己をぎゅうぎゅうと縛り付け、辛い生活を更に苦しめる事になる。

  「真実」とは耳に心地よく、目に優しい物ばかりではない。耳を塞ぎたくなるような、目を背けたくなるような、口に出すのも憚れるような「真実」もある。だから人間は嘘をつきたくなるのだろう。嘘話や馬鹿話、大袈裟な話、誇張した話。そういった高度な編集作業を「真実」に施すことで、素晴らしい「嘘話」に仕上がるのだろう。生きる苦しみが共通の了解となっている場に於いて、苦しい現実の話を包み隠さず語るとは、はっきり言えば芸がないのである。よくお笑い番組で、吉本の芸人さん達が、彼彼女たちの生まれの貧しさや育ちの悪さを笑いの種にして語るとき、観客の中に人一倍大爆笑している人が居る時がある。笑い方が尋常でなく、殆ど絶叫に近い。そういう観客の声を音声マイクが拾ったのをテレビのスピーカーから流れてくるとき、私は、彼もあの芸人さんと同じような境遇の方だったんなあと推量する。

  深刻に身の上話をされるよりも、まるで他人事の様に扱い、馬鹿馬鹿しい口調とリズムでショーアップする方がずっと聴きやすいし聞く者も楽しめる。愉快に不愉快な話題を話すのは、日本人の際立った特徴なのかもしれない。自虐ネタをアメリカの白人がするというのは余り考えられない。(アメリカの黒人は、白人によって自虐ネタの対象になった時代もあったが) 自虐ネタの歴史については、また機会を改めて書いてみたいと思う。