Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

下手な文章・アホな文章

  下手な文章とは書こうと思って書けるものではない。本人は精一杯上手に書こうと背伸びしているのだが、痛々しいほどに言葉に意味が乗っからない。痛々しさだけが伝わってくるので、読む方からすれば、内容よりも書き手の精神構造に注意が行ってしまう。どんな文章を読んできたら、こんなにとんちんかんな文章が書けるのか、不思議に思えてくる。自分ならここはこういう言い回しはしないな、とか、てにをはも分かってないじゃないかと憤慨したりする。最早読み手ではなく編集者の目線である。しかし、こういう下手な文章を頭の中で手直しするのは、自分の編集者としてのスキルを高める上で非常に役立つ。

  下手な文章ならばまだ可愛げもあり、手直しする気分にもなる。しかしネットに掲載されている99.9%の文章は、日本語として文法も語法も崩壊しているのみならず、書き手の不誠実な態度が丸見えで、手直しする気にもならない。お前これ絶対Wikipediaからのコピペだろって奴が70%である。これは窃盗剽窃の罪に問われるべきであり、本人にその意図が無かったとしても、盗人には違いない。次に多いのは、書き起こしである。こちらは全体の20%を占める。こちらも大抵は誤字脱字のオンパレードで、殆ど用を為さない。それどころか版元の了承を得ているのか不明で、読んでいても何処と無く嫌な感じがする。他人の褌で相撲をとるとはこの事である。残りの10%だが、こちらは一応自分の言葉で書いている。記事の体裁を整えたものも多く、一瞬「当たりか?」と思う時もある。が、しかし、読んでいく内にすぐ気が付くのは、書き手のアホさ加減である。聞き齧っただけの曖昧な情報を、己の狭い了見だけで解釈し判断し、校正も編集もしないままに勢いだけで書き撲った様な、箸にも棒にも掛からない代物ばかりなのが現状だ。つまり書き手が自分のアホなことに気がついてらっしゃらない。勿論誰だってアホなのだから、賢い振りをしても仕方がないのだか、まずは自分がアホな事を重々承知してから発言するのが宜しいと思う。

  1000件に1件位の割合でヒットする、全体から言えば0.1%の良識ある書き手は、何故だかはてなブログはそうした上手な書き手が多くいらっしゃるのだが、大抵の場合、自分の経験を言葉に落とし込む術を心得ており、信頼できる情報源を可能な限り揃える配慮を怠らないので、読み手は安心して読み進められる。そうした書き手とは滅多に巡り会えないからこそ、出会ったときにはすぐにブクマして、定期講読者になるようにしている。

  なんだか愚痴っぽくなって来た。ところで、文章の良し悪しを判断するのは市場価値だけではない。上手な読み手に支えられている作家も居るには居るのだ。ベストセラー作家の文章が馬鹿っぽいのは当然で、売れるというのはアホに見つかることと同値だからである。アホに見つからずに売文業で飯が食えるというのは、殆ど奇跡に近いのだろう。アホとの付き合い方もそろそろ真剣に考えなければならない。