Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

季語としての甲子園

 特に書かねばならない事件も起きなければ、書きたくなるような気持ちの変化もなく、平々凡々な一日である。昼ご飯のカレーが美味しかった。少し食べすぎて今は眠くなってきている。甲子園を少し見た。高校球児の真剣な表情を見ていた。同じ夏は二度とないという当たり前の事実が、甲子園というあの特殊な空間に於いては、何度でもあの夏が甦ってくるような錯覚に陥る。ただ高校生が野球をしているだけであるのに。勿論、全国優勝に向けて日々学業と並行しながらも、野球の練習を積み重ね、試合を重ね、監督の指示と己の身体が素早くリンキング出来る様な状態になっており、その姿たるや、帝国陸軍並みの統率力と、帝国海軍並みの機動力と、帝国空軍並みの特攻精神を持って闘いに挑むわけであるから、そこら辺の草野球とは訳が違う。そう、甲子園の夏とは、大東亜戦争の夏であり、昭和16年の12月8日のマレー作戦並びに真珠湾攻撃から始まり、昭和20年の8月15日という敗戦の夏の再来であるからして、日本中の老人たちが当時を想い出だして燃えるのである。

 今年は甲子園開幕から数えて100周年らしいが、つまり遡る事1918年に第一回大会が開幕したことになる。ちょうど大正デモクラシーの頃だ。人間性の解放やら民主主義やら普通選挙やらが声高に叫ばれていた頃である。スポーツという概念が日本に於いても漸く取り入れられ始めた頃に違いない。当時の大人たちはやはり国技である相撲や武術としての剣道。当時の柔道は現在の総合格闘技の様相だったそうだが、天覧試合こそ最も華々しい技の祭典だったに違いない。そんな頃に、細々と始まったのが野球であったのだろう。なんでも正岡子規が日本に野球を取り入れたとかなんとか。俳句を読みながらバットを振るというのも、想像すれば面白い。甲子園を夏の季語に使い始めたのも、なんと正岡子規なのだ。(嘘)

 だんだん野球の話に逸れてきた。今日の昼は、何かと野球のことを考えてしまった。そろそろ図書館に行って学問するか。と思ったら雨が降り出して、雷がぴかっと光った。