Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。Peace.

読み書きの諸相

 日々の読書について管理を企てるのは面白い。その日その日に相応しい読書を考えるだけでワクワクする。読書と一口に言っても、素読なのか、味読なのか、書写なのか、音読なのか、英日翻訳なのか、日英翻訳なのか、ブログ日記なのか学術論文なのか、試みに四つの側面から考えてみたい。

 読むこととはまず速さと理解度の二つに分けられる。最も早く読む行為を素読や速読、乱読などと呼ばれる読みの形である。単語の量と時間の対応であり、理解したかどうかは二の次である。素読を支えるのは目の動きだけでなく、音読と並行して行われて初めてその効能を高める。

 次に、理解度を最も深く広くした読み方が味読である。繰り返し繰り返し、同じ文章を吟味するような読み方が味読である。味読とは書写の事である。完全に真似るにはその書き手の心理に近づくより他ない。それならば、書写するのが最も手取り早いのである。参考文献を調べながら読む一方で、書写をコツコツと溜める。これが味読の両輪である。

 次に翻訳がある。これは味読の完成形態と言ってもよい。言語間の隔たりを乗り越える行為こそ翻訳であるので、ここの突破力は経験と直観の二つに頼る以外ない。英日翻訳は日英翻訳に比べてずっと優しい。前者が小学生なら後者は大学教授である。日英翻訳の壁の高さと厚みは、凡庸な日本人には決して超えられない。素読と音読と味読と書写と、英日翻訳を完全に積み重ね、それ以上積み重ねられない状態に至って初めて日英翻訳ができる。

 最期にブログ日記と学術論文を書くという行為について。どちらも楽しい活動である。ブログにせよ学界にせよ、読書が好きな人間たちが集まる場所である点に於いて相違はない。己の筆力を試す場所として、日々ブログを更新したり、年に数回学会で発表したりするのは、謂わばお祭りのようなものだ。祭り好きの酒好きは学界に行けばいい。私はあまりそういう社交の場を好まないので、こういう細々としたブログで十分満足できる。

 読書の四つの側面をもう一度まとめると、音と目の読み(素読と音読)、手と指の読み(参考文献と書写)、日英翻訳(読解の完成)、発信(ブログと学会)となる。今日の自分がどのような読み書きを選ぼうとしているのか、逐一考えてみても面白いだろう。