Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

時間感覚とはBPMである

 論文作成:10時間(実質460分間)

 散歩と思索:3時間(実質138分間)

 睡眠と食事と運動:8時間(実質368分間)

 遊びと気晴らし:3時間(実質138分間)

 沐浴:1時間(実質時間46分間)

 家事:1時間(実質時間46分間)

 動画視聴:1時間(実質時間46分間)

 音楽鑑賞:1時間(実質時間46分間)

 ブログ:1時間(実質時間46分間)

 趣味としての読書:1時間(実質46分間)

 何もしない:1時間(実質46分間)

 

 合計:31時間(実質23.76時間)

 

 私にとって一日は31時間である。お前、遂に頭が来ちゃったかと思われる方もおられるかもしれないが、私は至って冷静沈着である。では翻って考えてみよう。一体人間は何故に24時間という概念に縛られるようになったのか。24は31よりも美しいか。31の方が美しいと思う。素数だからである。1日という単位ならば、素数でなければ行けない筈だ。そうならないのは、為政者の都合だ。偶数の方が何かと割り算がしやすいからだろう。私は為政者の奴隷になるよりも、私の良心の奴隷で在りたい。私の良心は、31時間の方が都合がいい。

 考え方次第で一日はいくらでも長くなるし、短くなる。これは体験的に誰でも知っている事だ。精神の病を患っていた頃、一日は1時間しかなかった。今はやっと15時間くらいに伸びた。これを31時間に延ばすには、認識の根本を揺らがすことだ。

 つまり一日が31時間であるとは、一日が24時間の人間と比べてBPMが約1.29倍速いのである。どういうことかと言えば、31/24=1.2916666666...を四捨五入しただけである。BPMとはBeat per Minute、一分間当りのビート数が、24時間の人間は60に確定されている。私は31時間なので、60*31/24=77.5BPMとなる。みんなより1.3倍効率よく自己を管理し、認識の根底をぐらつかせられれば、簡単に24時間は31時間に為る。もし一日を48時間にしたいのならば、BPMを120に設定すればいいだけだ。

 纏めると、時間感覚とはBPMである。クリック音のように己を刻んで行けばよい。