Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

小学生が疲れている

 最近私は暇である。これでは巷の小学生の方がよっぽど忙しくしている。私の勤める塾では、主に小中学生が対象であるが、どの児童生徒もすこしお疲れの様子である。それもそのはず、彼ら彼女らにとって、夏休みとは全然休みでも何でもないからである。まず毎日朝早くから起きなければならない。というのも部活動や習い事や学校の補習があるからである。小学生のラジオ体操はいまだにやっているのかよく知らないが、もしもこのご時世になって朝の6時から元気に体操しましょうなんて、馬鹿の極みである。低血圧の子どもは朝が苦手である。だからこそ、夏休みの一ヶ月くらい休ませてあげればいいのにと思う。大体、朝の6時から元気なのはジジババばかりだ。あいつらがなぜ6時から元気なのかは明白で、4時ころから布団から起き出して、朝の支度なりなんなりを始めているからである。だから、私は、夏休みは宿題など一切出さず、毎日自分の好きなように生活させるのが一番子どもにとって教育的効果をもたらすと思う。

 教育的効果とは何か。それは主体的な発見と反省のことである。強いられた発見と反省に学びは無い。だから、夏休みの一ヶ月を自分の好きなようにデザインしてみて、9月からの授業にどれくらい影響があるのか、実際に実験してみればいいのにと思う。もちろん、失敗する子どももいるだろう。本当に何もせずに、昼過ぎまで寝て、夜遅くまで起きて、たまに外で遊んで、みたいなぐーたらな毎日を送る子供も居るだろう。(実際宿題なんて誰も真剣にやらない)だからこそ、学校側も、一切の学業的な結果責任は問いません、だから夏休み明けのテストもありません、と言い切ればいいのにと思う。第一、課題を出したからと言って、その課題をやるかやらないかはその子どもの心意気一つである。別に赤点を取っても全然平気な子どもにとっては、課題など全然やる気を出させる仕掛けになっていない。

 私が何となく思っている事、それは、老若男女皆さん疲れているということだ。若者、20代、30代も疲れている。40代、50代もヘトヘトである。60代、70代くらいになってもまだ働いているので、疲れている。80代、90代になると、もう体が動かず、さすがに寝ていることが多いが、それでもやはり女性なら家事、男性なら趣味などで体を使ってやはり疲れている。日本全国、疲れている。日本、お疲れ、と言ってあげたい。

 では疲れをとるにはどうすればいいのか。簡単で、よく食べてぐっすり寝ることである。もう午後9時を過ぎたら、何時寝ても良い。寝るときは、基本的に真っ暗にして、室内の気温や湿度や臭いなどを調整して、ストレスが掛からないような格好で寝ればそれでよい。ただ寝ることが、しかし、私にとっては難しい。不眠症なのだ。そういう時は、睡眠導入剤に頼ることになる。深酒よりは健康的だ。何れにせよ、寝ること。しっかり食べること。この二つだけでよい。

 子どもはもっと寝かせるべきだ。夜8時に寝て、朝の7時くらいまで寝かせていい。大人も遅くても10時までに寝て、朝の6時くらいに起きればいい。深夜の1時に寝て朝の5時に起きるというのは、ほとんど人間の活動の限界である。一月も持たないだろうと思う。若い頃は無茶してもいい、なんて、知ったような口を利いてはいけない。誰だって、7時間から9時間は睡眠に時間を費やすべきだ。

 さらに言えば、8時間寝て、余った16時間の内、実際に仕事や学問に充てられるのは6時間くらいである。人間はそんなに集中できない。一つのタスク(課題)に取り組むにしても、前回の反省やウォーミング・アップから始めないといけない。実際、仕事とは確認作業であり、学問とは復習と記憶の定着であり、スポーツ競技とは柔軟体操と体作りである様に、実際にその日に学ぶべきことに辿り着くまで、エンジンを温めなければならない。温まったエンジンを動かして、どんどん作業を進めていっても、活動できる限界と言うのはその日の体調によってもかなり異なる。前日までの疲れや人間関係の悩みがあれば、体は思うように動いてくれない。定時が来てもまだ仕事が終わっていないのは、つまり時間管理がなっていないわけでも、自分のスキルが足りないからでもなく、単純に、管理者があまりにも非人間的であるから、ということが多いようである。つまり、実際に働いた経験が無いのか、それとも自分が出来すぎるから出来ない人間の気持ちが分からないのか、もしくは単純作業において、人間が機械より優れているとでも思って居るのか、実情は分からないけれども、人間は毎日毎日決まったことを続けられるほど頑丈に、タフに、無感動に生きられない生き物である。

 もっと僕は寝る時間を確保したいし、食べる時間を豊かにしたいし、衣装の色彩や肌触りや素材を大切にしたいし、住処を安楽にしたいし、そして、自分が住んでいる地域の内部に入り込みたいと思う。僕は異常だろうか。正常と異常の境界線は何処にあるのか。分からなくなってきたので、今日はココ迄。