Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

これまでのあらすじ

 見ず知らずの人から過去の己の振る舞いを非難されるのは、不快である。だが、しかし、自分の過去を振り返る契機として把握すれば、これほど有難い経験もないだろう。今、落ち着いた気持ちで、これまでのあらすじを振り返ってみようと思う。

 私は昨年の4月から12月まで、愛知県のとある県立高校で、新任教員として派遣された。一応、教員採用試験に合格したものの、感覚としては偶然の作用に過ぎず、実際、採用後の一年間は「仮採用」という身分であるため、見習のような感覚だった。

 否、教員採用試験の前から話を始めよう。私は、大学院に進学後、精神を病み、それは主に修士論文のテーマについてであったが、気づいた時にはもう遅かった。混乱した心と体で挑んだものの、時間の制約には勝てず、遂に、提出日間近になって、ゼミの教授に提出できない旨を伝えて、恥を忍んで両親に電話で連絡した。あの時程、父親を悲しませた瞬間もなかっただろう。しかしながら、拾う神ありで、本当に有難かったことに、採用の取り消しは無く、仮採用の条件を維持することが出来た。大学院も在籍したまま、論文の提出を延期することも可能になり、私は、一体全体自分の身に何が起きているのか分からなかった。ただ、何が何でも、この教職だけは失ってはならない。論文は後回しで、早く仕事を覚え、同期や上司と仲良く、連帯していこうと思った。それは、両親、特に父親に対して自分が出来る最善の選択だろうと思った。

 私は過労で倒れた。

 人生で初めて、母の胸を借りて泣いた。私は、殆ど、神経衰弱に陥っていた。声が出なかった。身体が膨張していて、ぼよぼよだった。毎日泣いたので、目の下の隈がどんどん濃くなって行った。鏡の前に立つのが怖くなった。そして、母と一緒に、心療内科に駆け込んだ。診断書を3000円払って買った。診断名は「適応障害」と書かれていた。私は自分が遂に精神障碍者となってしまった事に、内心、安堵した。診断名が付いたことで、社会的な制裁を免れると同時に、それを自己の内面に溶け込ませるだけで、この病も乗り越える「課題」の一つにしてしまえ、と思った。しかし、私は、医者の話を聞くだけで、薬を飲まなかった。

 私は復職後、二ヶ月経って、すぐに休職した。病気がぶり返したのだ。そして、自殺を考えた。もう、自殺するしかないと思った。そして、自殺しなかった。仕事を辞めて家に帰った。初めての上京である。父親は、悲しんでいた。いや、怒っていた。どうするんだ、と言った。私は褒めてもらえるとばかり思って居た。少なくとも、心配しているのだろうと思っていた。殆ど邪鬼迫る表情を作っている父親を見た瞬間、完全に、不可逆的に、失望した。もう、このおっさんはどうしようもない。そして、こんなおっさんのために頑張ってきた自分も、どうしようもない。初めての上京は一夜にして終わった。翌朝、愛知の一人暮らしの部屋に帰った。

 二週間、私は寝た。何も考えず、ただ寝た。論文の提出期限は過ぎてしまった。仕事と論文の両方を失った瞬間、なぜか身体が元気になった。悩みの種が雲散霧消したのだ。最早、悩む心配はない。父親とも内心縁を切った。もう、誰からも何からも束縛される心配が無いのだ。だから、体が軽くなったのだ。

 その後、気分の浮き沈みはあったものの、このブログにぶちまけることで気持ちの整理をつけていた。そして、全く不可思議ではあるが、また論文をやろうと思い立った。そして父親を許す気になった。そして、体が治ってきて、また働こうという気になった。子どもは希望だと、なぜだか知らないが、思った。なぜだか知らないが、般若心経を書写したり、パスカルのパンセを読んだり、梶井基次郎の「檸檬」を読んですんなりと主人公の気持ちが理解できた。中島義道さんの「死を想え!」の言葉の意味が伝わってきた。そうか、と思った。死を想う、それだけでいいんだ。だって一切は空なんだもん。空に還るだけ。水になって、川になって、海になって、雲になって、雨になって、土になって、草木になって、火になって、また空に還るんだ。生命の循環について、思いを馳せると、気分が落ち着いた。

 そして、今現在がある。気分も安定してきた。薬がよく効いているのだろう。考え方の極端なところを、意識して治すようにした成果かもしれない。どちらでもいい。元気になってきたのなら。塾講師も始めた。そろそろ初めての給料日だ。楽しみだ。今週の土曜日は、久しぶりに大阪に行く。大学院時代の先輩の結婚式に出席するためだ。それもまた楽しみである。

 もう一度、読み直してみる。私の苦しみは、人間関係全般に渡っている。父親との軋轢。母親との相互不理解。教授と私の間になんとなく漂っていた師弟関係とその破綻。同期や上司との拗れや歪みや障壁。そして、自己不安。不満。自己嫌悪が自己憎悪に変わり、ついに希死念慮にまで至る。薬の投与を中止するなどの身勝手な自己診断。実存的な不安。死の恐怖。他者への恐怖。ありとあらゆる表象に対する恐怖。恐怖に恐怖する。これでは生きてゆけないだろうと思う。だからこそ、諸行無常や色即是空・空即是色という言葉や、西田幾多郎の『善の研究』や佐伯啓思さんの「無の思想」に、心を動かされた。一切は空である。それは感覚ではないし、論理でも、文字や身体や素材の組み合わせでも、美の表現形式でもない。0の認識に近い。私は自己の中に「空洞」を見つけた。いや、ずっと前から気になっていた。ゆらゆら帝国の「冷たいギフト」を聞いた時のような、心地よい冷たさだった。

 言葉で表現するのではない。言葉がお前の空洞を表現するんだ。数字や記号で世界を捨象し抽象するのではない。数字や記号の論理体系が、お前の空洞を捨象し抽象するんだ。お前が色や形を表象するのではない。お前自身が色であり形であり、空洞という表象に過ぎないのだ。そして、これらすべては空だ。空洞を認識しているお前すら空なのだ。0だ。無だ。始まりも、終わりも、無い。習慣も無ければ、行為と結果も無い。目的も無ければ、手段も無い。意味も無ければ、形式も無い。全て、無い。「無い」という言葉も、空集合という論理も、0という概念も、無い。無い・無い・無い。

 我欲を小さくすればするだけ、生きる苦しみが減る。これはいいことを仏陀は発見したなあ。本当だ。どんどん小さくしたい。

 今の心境はこんな感じである。だから、あの見ず知らずの人間も、あのメッセージの意味も、無い。だから、怒る必要が無い。流そう。負けるが勝ちだ。