Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

死を想え!

 人は人から絶望を「奪う」ことが出来るのか。「元気で幸福な暮し」とは99.9%の人間が望む将来の在り方であろう。ここで私が思いを馳せるのは、0.1%の人間である。マイノリティの中の更にマイノリティの人間。例えば、東北の震災地で被災した人間の内に必ず居たであろう、性的マイノリティの人間。若しくは、被災するずっと前から家族間で軋轢が生じていて、遂に震災で家が流されてしまって、家族の連帯を余儀なくされてしまった人間。若しくは、被災するずっと以前から集団行動が苦手で、学校を避けて家に引き籠っていたが、学校が流されてしまって、集団生活を余儀なくされてしまった人間。こちらは何百人も実際に居るのだろうが、あの強大な地震津波の中、命からがら助かったものの心身に重い障がいが残ってしまった人間群。では、最も小さい、割り切ることの出来ないマイノリティとは誰であるか。それは、恐らく、個々人の死の観念であるだろう。こればっかりは纏めることが出来ない。日々死と向き合っている宗教家ですら難しい問題である。だからこそ、尊いのだろうと思う。死を軽んじるなと、私は震災から教わった気がする。

 私は、絶えず極小のことを考えたいのだ。「被災者を救え」という言葉の背後には、「被災者」というラベリングを施し、金銭的な支援を施し、衣食住を施し、快適な生活環境や就労環境や教育環境を施し、そういった種々の施しを与える中で自然と生じる(それは必ず生じるだろう)優越感情と複合感情。施しを与える者と与えられる者の間に自然に生じる社会的な上下関係。炊き出しを行う時、被災者は列をなして並ぶ。その時に生じる、どうしようもない、空しさ、情けなさ。食わねば生きていけない。だが、こんな二十歳そこそこの大学生から恵んでもらわないと生きていけないのか。悔しさのあまり、涙が溢れる。家は何処に行ったのか。お母さんは。お父さんは。そういう事が震災の直後から、現在に至るまで起き続けているんだろうと思う。

 だから私は、ボランティア団体やNPO法人を全て敵に回してでも、言いたい。偽善者め!偉そうに!帰れ!身の程知らず!声に出しては行けない。直接言うこともできまい。だから文章にして、愚痴ブログにして、間接的に発信するのである。若しくは小説にして、演劇にして、歌詞にして、映画のセリフにして、間接的に表現するのである。お前らに恵んでもらう程、こっちは落ちぶれちゃいない。孤独に浸る時間を奪うな。絶望する機会を奪うな。自殺する権利を奪うな。俺から俺の死を奪うな。

 思考の底なし沼に嵌りつつも生き長らえ、或る意味「強制」された連帯生活を営んでいく中で、ぽんっ、と、同朋意識が芽生えたりすることもあるだろう。「あの時、あんな暗い事考えてたんだ」と振り返って、恥じらうこともあるだろう。それは、それでいい。絶望している自分も、希望を抱いている自分も、そのどちらも信じないが、ただ生きているだけの自分も、どれも同じ自分だ。環境が変われば、思考も変わる。それは人間と言う生き物の特質なんだろう。

 Memento Mori (Remember that you must die) 「死を想え!」中島義道さんからの伝言だ。私は今日も死を想う。