Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

人生とは長い暇潰しである

   アメリカ文学部ヒップホップ専攻の大学院生の生活とは、まず一日の大半をラップの歌詞を読むこととラップを聞くことに捧げつつ、夜になるとラップに関する論文を書き、その片手間にバイトをしたり、暇潰しに喫茶店に行ったり、ブログを書いたり、動画を観たり、音楽を聴いたり、芝居を観たり、落語を観たり、酒場に行ったり、映画館に行ったり、ジムに行ったり、市役所に行ったり、図書館に行ったり、駅前の商店街に行ったり、街並みを眺めに川岸に行ったりする事である。(所謂クラブ・ミュージック専門なのに、クラブには殆ど行かないのは、単純で、料金が高すぎるし、煩すぎるからである)書いてる内に気付くのは、私は現在、殆ど暇潰しに時間を割いているということだ。立川談志は言った。人生は長い暇潰しである。まさに談志師匠の仰せの通り、暇を潰しに上京している様なものだ。

   何度も告白していることだから驚かないで聞いて欲しいが、私は昨年度愛知県で高校教諭をやりつつも、過労と心労で倒れた。実質働いていたのは5ヶ月ほどで、4ヶ月(2ヶ月の休職を二回!)も休んでいた。しかしながら、私を含めた家族や同僚、上司、担当の医者までも(友人と恩師には事後に病気の話をした)、この精神的な病が一時的な症状であると信じていたので、録に治療もせずに復職したりして、結果として危機的な状況まで追い込まれてしまった。風邪も拗らせると大病になってしまうのと同じである。そして、教職から離れた後に上京して、家族と暮らすようになってからやっと本格的な治療を開始して現在に至っている。だから、元々休む為に上京して家族と暮らし始めたのだから、今の状況で全然いいのである。

   最近になり感じるのは、精神的な病とは罪悪感との闘いであるということだ。父と対面して話が出来ない。友達や親戚やお世話になった先生とも会いたくない。世間様や御天道様に会わす顔がない。アイデンティティーの喪失と云えばエリクソンだが、青年期の危機的な状況とも確かに似ている。と言っても、実際はもっと強烈であるのは、社会からの疎外や差別やラベリングを、単なる観念遊びや空想話ではなく身を持って痛みを体験し、形式上ではなく本来の意味を持った道義的責任という重圧に耐えつつ、神話ではなくアクチュアルな物語として、痛みや悲しみや苦しみや辛さやしんどさや後ろめたさや後悔や懺悔や猜疑心や悪意や嫉妬や憎しみや怒りや無情や反骨や殺意を、抽象の経過なく具体性のままに直に認識するからだ。知性ではなく、理性でもない。紛れもない感性によって認識するからだ。それも毎秒毎分毎時間毎日毎週毎月である。(去年の一年間は、感覚として一回り12年間くらいに感じた。それくらい辛い日々だったのだろう)どちらかと云えば、難民認定に近いのだろう。自らに「難民」と自己規定する様なものだ。若しくは、自らを「死に至る病 (絶望)」の患者であると自己診断する様なものだ。そりゃ、生まれつき能天気な僕でも暗くもなるし、シニタクなる。

   同じ事の繰り返しだから、もう般若心経の話は止める。要は、そこに安住できるような住処が見つかったと言えばそれで済む話だ。

   暇潰しの人生とは安楽で太平な日々である。仕事とは本来の意味を探れば、事に仕える、と書くように、日々の実践そのものだ。日常的行為である。日常的行為とは仕事のことであり、仕事とは日常的行為である。両者は同値の関係なのだから、暇潰しも、それが当人にとって日常的行為ならば仕事になりうるだろうし(収入はないが)、逆に言えば、偶然藪の中から壱億円を見つけたたからといって普段の仕事をしなくても良くなる訳ではない。悪銭身に付かずで、元の持ち主に殺されるに決まっている。( コーエン兄弟の No Country for Old Men という傑作を思い出した)家事や育児や働くことを生き甲斐にしようと提案する意図はない。行為とは選択ではないからだ。家事という行為の中に、既に、循環的構造が内在化しているからこそ、毎日飽きもせずにご飯を炊いたり味噌汁を作ったり皿を洗ったり床を磨いたり花に水を遣ったり風呂や便所を掃除したり洗濯したり買い物に行ったり草むしりをしたり干したものを畳んだり縫い物をしたり調度品を配置したり近所付き合いしたり親戚の対応をしたり墓場を掃除したり孫のお守りをしたり、出来るのだ。毎日毎週毎月毎年。十年二十年三十年四十年五十年六十年!祖母は今年で家事歴八十年だ!!!そこまで家事に魂を捧げることが出来るのは、祖母が特別だからではなく(寧ろかなり天然ボケで可愛らしいキャラクターの持ち主であるが)、家事そのものが楽しいからであり、飽きが来ない作りになっているからだ。それは育児にしても、工場の労働にしても、片手間のパート・アルバイトにしても、兵役にしても、学業にしても、文筆や造形の構想を練るにしても、仏の道の修行にしても、酒場の議論や遊びにしても、恋愛や性交渉にしても、デカダンスにしても、介護補助や障害者の自立支援にしても、恐らく無限な循環構造が、吉につけ悪しきにつけ、いろんな行為に内在するのだろう。ある行為に無限が内在する限りにおいて、全て「仕事」である。これが私の仕事の定義になる。

   好きなものを選ぼうとしたり、嫌いなものを避けようとすると、大抵録なことがない。嫌いなものを押し付けられたり、好きな人とくっつけなかったりした方が、学びが多く、情緒が育まれる。ところで見方をガラッと変えると、一切合切全て私の選んだものだと言うことも出来る。強いられたものは己の死のみで、他は一切全て私の意図に沿って世界が回っていると考えることも、論理的には可能だ。だからといって、ジャイアンみたいに暴君になれと言っている訳ではない。感覚的に「やだなあ」とか「違うのに」と思うときでさえも、これこそ自分が望んだものだ、寧ろこっちの方がよかった、と思い直す。そうすると楽になる。恐らくそうした視点の転換は多くの人が自然と遣っていることだと思う。

   視点の転換。これこそ学びの始めの一歩であり、最後の到達点なのではなかろうか。