Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

絶望を共有せよ!

   希望にしても絶望にしても、状況依存的な言葉である。時と場合に依っては、現在の状況が、希望的になったり、絶望的になったり、どちらでもない均衡状態になったりする。

   実は、物の見方とは当人にとっては唯一無二である。自己は自己であるがゆえに、また他己は他己であるがゆえに、それぞれの見解は決して相対的になることはない。激しい議論の末の妥協の産物が功を奏した事は、世界史に於いても一度もない。ああ、これで全て丸く収まった、と安堵するのは一時的で、人間は絶えず生存の危機に曝されている。

   例えば北朝鮮問題や核抑止力問題を考えてみても、人間(人類)の生存とは本来、一瞬一瞬が危機の連続であることを教えてくれる。危機は永遠に解決しない。その前提に立つための心構えと心造りは何か。心の構造を支えるのは、知性でもなく、理性でもなく、感性でもない。つまり、科学でも人文学でも宗教学でも哲学を以てしても、人間は果たして救われないだろう。人間である限り、認識は及ばないし、理性は働かないし、感性は鈍ったままであるからだ。

   ちなみにAIは人間の代わりにならない。補助にはなるだろうが、限界はいつか来る。

   最早これ迄、と諦めるより他ない。絶望が足りないのだ。私も貴方も。もっとも、絶望したところで状況は変わらない。希望だけしか持たない者よりも、現実的になれるだけだ。人類の危機に対して根本的解決などないのだから、後は、絶望を薄めたり、分散させたり、共有したりして、自殺したり自滅したりしないように心掛けるしかない。