Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

新幹線に乗るということ

   今日は新幹線に乗って大阪まで日帰り旅行だ。友人の結婚式に招待されたのである。

   新幹線に乗るとは特別な経験である。新幹線には新幹線専用乗り場があり、新幹線専用チケット購買所があり、在来線では普段使わない指定席制も新幹線ではむしろ当然である。新幹線はとても速く、寝る暇もない。新幹線はとても格好いい。子供の頃の夢は、新幹線の運転手だった。何故ならば、速くて格好良いからである。また、新幹線には、車内販売という胸踊らせるサーヴィスが存在する。スチュワーデスの様な格好をした女性が、ビールやつまみや珈琲やアイスをカートに載せて席の間を順順に回っていくのである。新幹線で食べるアイスクリームは格別である。まずキンキンに冷えており、カチカチで、付属のプラスチック製のスプーンでは歯が立たない。5分待ってもまだ固い。8分くらい待って初めて一口食べられる。この、アイスクリームが溶けるのを待つ時間すら、新幹線に乗っていれば、いとおしく感じられるから不思議である。

   今の時代、格安航空が当たり前になって、一ヶ月あれば世界一周旅行も夢ではなくなった。一週間あれば、新幹線に乗って日本全国回れるだろう。江戸時代、伊能忠敬は測量器を担いで日本全国の海岸沿いを歩いたらしいが、果たして、彼が新幹線に乗って旅行する私を見たらどう思うだろうか。あいつ楽しやがって、とは思わないだろう。(もっと歩けよ、くらいは言うのかな) 新幹線から見る風景は、時速300kmで飛んでいく。(この言い回しは、カズレーザー氏の受け売りである)富士山を観るのには全然適してない。写真を撮る暇も、写生する暇もない。俳句を読む雰囲気でもないから私は心の中で呟く。芭蕉も伊能もこんな特殊な経験はしていないのだ。だからこそ、新幹線は特別なのだ。

   それにしても、旅行客はよく喋る。そんなに喋る必要が在るんだろうか。私たち日本人の公私の感覚は、所謂グローバル・スタンダード(笑)とは相容れないのだろう。席に座ってお弁当を広げれば、もうその場は忽ち「私の家」になる。完全に無防備状態になるので、引ったくりに狙われやすい。それもまた一興ではあるが。

   新幹線に乗ると、その日だけは人間として一枚上がったというか、昇段したようなハツラツとした気分になるから不思議だ。つまり威勢が良いのである。もし毎日新幹線に乗れば、毎日威勢が良くなるのだろうか。恐らく、新幹線の特別な価値は減じられてしまうだろう。どうってことない経験の一つになってしまうだろう。だから、今のまま、新幹線が特別な経験になる「程度」の生活水準と職業選択をしたい。

 

追記

小田原駅に着く直前、大阪方面に向かう車中、進行方向より右手の席から見えるのだが、山を切り崩して建てたのであろう集落が在る。この辺りを見る度に驚くのだが、恐らく50軒は在るその家々の形が全く同じ意匠で作られており、その壁や屋根が、黄色や水色やオレンジや緑の様々な淡いパステルカラーで彩られて居るのだ。これは恐らく、誰かの意図によって作られたに違いない。どんな意図によって?新幹線が貫通する以前に作られたのか?誰かご存じの方がいらっしゃれば、教えていただきたい。