Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

言葉の温度について

 小難しいことを考えるときには、誰だって背伸びしてしまう。専門用語を使うのも、論理の筋道を作って話すのも、偏に見栄えの為なんだろう。とすれば、矢鱈に小難しい事を並べたがる私は、実は相当な見栄っ張りにできているのかも知れない。

 そういう時は、意識して地元の方言を使うようにする。そんなこと言うたけえってしょうがなかろうがぁ。そげえなこと考えっと、やることやって、はよ寝たら?標準語の自分と備後弁の自分が会話する。備後弁の響きのキツさと馴れ馴れしさが、標準語の精確さと冷淡さと相重なる。段々と、気持ちが落ち着いてくる。

 そう言えば、心理学者の河合隼雄さんの講演をどこかで聞いたとき、大阪弁丸出しだったのに驚いた。出版物からは決して想像できない書き手の生の声、口調、方言。それらは時として、本の内容よりも大きな意味を持つことがある。書き手の言葉が、書き手の声に乗ると、読み手の心に響いて絡み付く。それは心地よい束縛である。繋がる実感がある。

 ラジオが未だに無くならないのは、声の温かみが確かに在るからだろう。或る種の人間の声には、心を捉えて離さない、強烈な何かが備わっている。方言とは、その意味で、その土地の人間たちの生活臭や風土的なる文化が染み込んでいる。