Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。Peace.

ヘッドホンを外すということ

 この三年間、私を苦しませ続けた悩み、ある種のトラウマから遂に抜け出せそうな気配がする。それは、スケジューリングである。目標を設定し、方法を選択し、取り組み、取り組み続け、期日内に完成させ、改善点を見出し、次の目標に向かう、という一連の流れについてである。世に謂う、PDCAサイクルだ。私は自慢ではないが、生涯で一度だって、このサイクルが上手く機能したことがない。Plan(計画)の時点で既に諦めてしまっているし、Do(実行)の際にも集中が続かないし、Check(反省)すべき時にはもう次のAction(行為)が始まっているのだ。私にはこの方法論が合わないんだ、とやっと気づいた。気づいた途端に次の疑問が湧いた。「なぜ私はみんなと同じように出来ないのか?」と。その答えが、時間論だった。

 私は、恐らく、多くの人たちの共有する時間的な考え方に根本的に無知だったのだ。つまり、多くの人たちは、死のことをあまり深く考えていない。なぜなら死のことを考え続けるのは、辛いからである。私は、幼い頃から、死のことについて考えるのが好きだったのだ。それは宗教的な観点からではなく、つまり前世や来世の話ではなく、もっと倫理学的な観点から考えるのが好きだったのだ。哲学が好きだったのだろう。当時、哲学という言葉を知らなかっただけで、哲学していたのだろう。

 私の時間感覚が、世間のそれとズレている為に、私は孤独に親しむと同時に、孤独を恐れた。人間誰でも、不安定な時期というか、波があるだろうが、私の場合は一日の中でさえも激しく揺れる。私の人生の大半は「学校」という組織の中で過ごされた。幼稚園、保育園、小学校、学習塾、中学校、高校、予備校、大学、語学学校、大学院、そして職場としての高校。私は大別すると、「学校」に居るときの自分、家に居るときの自分、通学路の自分の三者に分かれる。私は無論一人しかいないのだが、その役割はそれぞれ異なる。学校では「時間割」や「年間予定」というスケジューリングで機能し、家では主に、寝食と学業が中心にスケジューリングが組まれ、一人家に帰る、あの長い通学路の時間だけが私固有の時間だったような気がする。私は真面目君だったので、特に寄り道をするわけではなかったが、一つ反抗していたのは、学校に持って来ては行けないポータブル・ミュージック・プレイヤーから流れる音楽を聴きながら自転車に乗っていた。あの時間は私の中で、最も自由な時間だった。

 そうして、現在、私は、世間から取り残され一人ぼっちになると音楽をかける。そうして孤独と親しんでいる。そんな生活がこの半年間、ずっと続いたためであろう。世間の時間に強制的に合わせられるのを生理的に拒否してしまうのだ。だからこれは慣れの産物である。ヘッドホンを外す。眼鏡を外し、上着を脱いで、靴も靴下も脱いで、シャツ一枚になる。そうして、ゆるゆるのまま外に出ること。何も身につけず、ケータイの電源を切って、財布も持たずに、出歩く。本も部屋に置きっぱなしで、ノートも鉛筆も、予定帳も無く、裸同然で外を歩く。それがトラウマから脱出する一つの方法だ。

 時間を忘れるための時間を作る事。通学路、爆音で音楽を聴いていたあの頃の様に、何からも束縛されない自由時間を見つける工夫をすること。これが、世間で生きていくための、それは即ち、トラウマから解放されるための工夫だ。