Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

論文を書くための必要十分条件

 論文を書く。これは大層難しい事業の様に思える。事実、私にとってそうだったのだ。恥ずかしい話である。或る人にとって、論文とは、最も簡単な作業の一つであるそうだ。羨ましいことこの上ない。私にとって論文とは、自己欺瞞との闘いである。私は保身のために嘘をつくことが生理的嫌悪感故に出来ない。それは、私の人徳によるものでは決してない。これは神経症的なものだ。だから、論文を書くとなると、まず最も大切になる「主張」そして「説明」の二つが、書けないのである。なぜならあらゆる主張には、特に文学的なテーマの場合、そこに虚偽が含まれているからだ。だから私は一度書いた「主張」を、何度も何度も何度も何度も(恐らく一生涯に渡って)悩み続けなければならなくなるのだ。私は「既に」嘘つきだからこそ、もう嘘をつきたくないのだ。これは強迫的な観念であるに違いない。

 しかしながら、今さっき、母親との3時間に及ぶ口論の末に、私の主張が通った。つまり、論文を仕上げることが、決定された。これは最早、疑問を挟む余地はないということだ。悩む必要も無く、無心で書けばそれでよい。この目の前の論文を書く事は、論文を書く事を為す前に、既に決定されている。それ位の覚悟を以てことに当りたい。

 深刻ではない。深刻とは状態にすぎない。真剣でもない。現にこうやってブログを立ち上げて回想するくらいの余裕がある。不真面目でもない。真面目でもない。腹が座ったのだろうか。落ち着いている。なぜ心が落ち着いているのか。分かりにくい表現で申し訳ないが、つまりこんな感じだ。もう、論文は「本当に」書き切った。後は手を動かすだけ。そんな感じである。

 分かりやすく言おう。私が論文を書くための必要十分条件はただ一つ。腹が据わること。それだけである。