Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。Peace.

感情の絶対値

 本が読みたいと思うようになり、何時からか何処に行っても文庫本をポケットに忍ばせて歩くようになった。活字中毒なのだ。活字が「切れた」ら、もうどうしようもない。頭が混乱して来る。読むべき本が無いならいっそのこと手前で書いてしまえと、筆を執るか、パソコンの前に座る。そうして自分で書いた活字を何度も反芻して、貪るようにして読む。本の内容は二の次なのだ、ただ活字であればいいのだと気付いてからは、家にいる必要もなくなり、自然町へ出て歩くことが多くなった。

 歩きながら、あの喫茶店、あの中華料理屋、あの美術館、あの古本屋、あの呑み屋に入ってみようかなと思案を巡らす。そうやって好奇心と、それに釣り合うための銭勘定をしている内に、大抵、嗚呼、金がもう少しあればなと思う。俺は何時から銭ゲバになったのだろうか。一日の中で、私の思考を支えているのは二つか三つである。まず、論文が終わらないのではなかろうかという心配、次に全然体重が減らないことへの落胆、最後にもう少し金を貯めておけばよかったなあという後悔である。

 心配し、落胆し、後悔する。こんな気の持ちようでは、当分の間上手く行かないだろうと思う。気持ちを切り替えることが今は肝心だ。気持ちを切り替える。それは逆に、根拠も無いのに安心したり、達成しても無いのに満足することではない。つまり、感情を切り替えるとは、正負の感情の幅を、言うなれば感情の「絶対値」を、なるべく0に近づけようとする意志である。そうして我欲を捨てようとする意志と、実際に捨て去ったかのように振る舞う行為とに於いて、何かしら善なるものが生まれると信じるのだ。

 論文を出し、筋トレに励み、銭を掴む。それは造作も無いことだ。それは目標にする程の価値は無いと思ったほうがいいのだ。高いハードルだと思うから、現実の高さよりも高く見えるものなのだ。気の持ちようで見える世界が変わる。これは誰もが信じていい真理だ。