Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

信頼と自惚れ

 バイトを1時間すっぽかした。寝過ごしたのだ。遂にやってしまった。こうなる事は予測できた事だ。毎日毎日、だらけて遊んで、時間や曜日やスケジュールの感覚が麻痺してきた所だったから。これは警告だ。身を引き締めよ、という警告である。それ以上に、恥を忍んでバイトに行かねばならない苦しみがある。塾長に会って詫びを入れねばならない。というのも、塾長は子どもと親に詫びを入れねばならないからだ。私の場合、会いたい人に会えない苦しみよりも、会いたくない人に会わねばならない苦しみの方が辛い。それほどまでに恥を掻くのが怖いのか。面子を保ちたいのか。

 電話口で小さな嘘をついてしまった。え、一時間後だと思ってました。あまりにも自然にスルスルと口から嘘が溢れた。今日まで私と彼女の間に確かに存在したと思われる信頼の糸が切れたように感じた。

 ああ、私はこれまで何度も同じ失敗を繰り返している。信頼の糸を切り続けている。パチン。ブチン。私は誠実になりたいとブログで言い続けていた。しかしそれは、満たされない欲望の裏返しで、全然私が誠実でないからこそなのだ。誠実とは何であるかの定義を求めているのは、そうでない自分の輪郭がはっきりするからだ。ああ、私は、誠実でないなあ。私は、なんで嘘をついてしまうのか。やっぱり自分の身が可愛いのだ。献身的な精神なんて、これっぽっちもないことがこれではっきりした。

 私は誠実を求めるが、それは私が誠実でないからである。すぐに嘘をつく。誤魔化す。逃げる。その一方、相手の嘘を見抜いては指摘し、誤魔化しを認めず、逃げようとする相手を引き止める。この私の心の不均衡な、不自然な認識を正すには、次の事をよくよく認識せねばならない。即ち、私は自分が一番可愛いと信じている、という醜い事実である。他の誰でもない私こそ世界で一番重要で愛されるべき人物であると信じている。私は自分が誠実であり、自己管理ができ、客観的に把握できると確信している。単語で纏めれば、自惚れ、ナルシシズムである。

 これが今日の失敗の本質である。自分が可愛いから、為すべきことをしないでもヘラヘラできるのだ。本当に誠実な人は、誤りを直ぐに正す。直ぐに謝り、服を着替えて現場に向かう。誠実な人は刻々と変化する現実に沿って自らの行いを正そうと努める。不貞腐れたり、呆然としたりしないのだ。現実的な視点へと、ライトのスイッチの様に即座に切り替えることが出来る。

 視点を切り替えよう。現実に向き合おう。誠実になるための努力を惜しむまい。