Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。嘗て高校教諭。現在はラップ研究している大学院生。Peace.

恩恵としての思索

 所有について考えていた。この論文―というのはこの4年間に渡って思案し、己を苦しめ続けてきた修士論文―は、果たして誰の物であるのか。まず大学院に入学するための資金を調達したのは両親、特に父親である。父親が私に論文執筆を委託したと考えてみてもいい。ところで父親は無口である。父の考えは、大凡母親の体を通して―まるで神と預言者のような手続き関係であるが―私の元に伝えられる。その内容は、最早、この論文に関しての一切の責任を放棄し、代わりに母親にその一切の権限を付与するという事だった。つまり、今この論文の所有者は、母親である。次に、この論文の実質的所有者について考えると、それは私の指導教官ではないかと思われる。私はただ先生に論文作成の補助行った助言者、補助者として機能しただけである。事実、私は、実質的所有者である先生と、本質的所有者である母親の間を行ったり来たりしているだけである。

 母親と先生の共通する価値観とは即ち、修士号は就職活動に役立つものだということだ。彼らは私の就職まで心配してくれているのだ。有り難いやら情けないやらで、私は、もうどうでもいいなあと思ってしまう。

 そして、いつものように川沿いのベンチに腰掛けている。私の所有物とは一体何か。大量の本とCDとそれらを収納する本箱と机、様々な資料のつまったパソコンとスマホと旧型のiPad、着古した大量の衣類と靴と祖母から貰った布団一式、眼鏡や歯ブラシや剃刀や整髪料やビタミン剤や抗うつ剤やタバコやコーヒーメーカーなどの生活用品、銀行の通帳や国民健康保険や年金手帳やマイナンバー通知などの社会保険、高校と大学で借りた2つの奨学金というローン、大学卒業資格や中高の専修免許状や普通自動車免許などの資格の類、そして学生証が一枚。これだけだ。

 そうか、俺は学生証を持っていたなあ。今思い出した。俺は事実学生だった。この論文の事実的な、法的な所有者は俺だ。まとめよう。この論文の所有の在処を。大学院生活を根本的に成立させているのは父と母、論文内容を決定しているのは指導教官、法的な所有者は俺だ。なんともちっぽけな存在である。私を所有者足らしめているのは、あの一枚の学生証なのだ。明日にでも電話一本で変更可能な、否、電話すらいらない。放っておけば無効化されるような代物だ。

 論文に苦しめられたのではない。状況に苦しめられたのだ。または、苦しい状況に追い込んだ張本人は俺なのだ。自縄自縛の結果である。

 では私はこの状況を呪うだろうか。呪いたくなるのを認めざるを得ない。しかし、少しの間だけ踏みとどまって、思索を続けよう。

 私とは、突き詰めていけば、社会保障の庇護者でもなければ、奨学生でもない。それは私の話というよりも、私の収入の話に過ぎない。学歴も記録でしかないし、免許も更新せねば無効になるただの借り物に過ぎない。父と母の間に産まれたという関係性は、一見すると否定し得ないかも知れないが、私の記憶の始まるのは大凡4歳前後である。つまり、私は、この父とこの母の間の子であるという言い聞かせを一方的に信じるしか術はなく、この関係性は強いられたものであり、非対称である。これは私と弟の間に於いても同様である。私と弟の関係性は、私が2年早く産まれたらしいという言い聞かせから成り立つ。私はこれ迄に多くの親戚や友人や恩師に恵まれたが、中には所謂「運命的」とも言いたくなるような人間も居るには居たが、では彼ら彼女らが居ないこの東京の片隅で暮らしている状況はどのように説明されるのか。なぜ彼らのことを考えないままに暮らせているのか。確かに余り面白くはないが、誰も知らない東京でもそこそこ楽しく暮らせているのだ。どうしようもない欠乏感や喪失感や望郷の念に駆られることは無かった。ただ、論文が進まないというそれだけの理由で、心が荒んだだけである。

 私は、血縁や地縁に縛られることがない。私は、友人関係や師弟関係に縛られることがない。私を論文という縄で縛ろうとする母親と指導教官は、結果としてそれに成功したが、私は今、不満と怒りで燃えている。お前は俺の体を縛ることは出来ても、俺のこの心、気持ち、自意識、思索、言葉は奪うことができまい。このブログという場所は知り得まい。

 言葉は自由だが、その自由を担保するのは私の思索だ。私の思索は私の気持ちから生じる。気持ちは、外界からの刺激によって変化するので、私の気持ちはいつも不安定だ。しかも外界の刺激をコントロールすることは、他者と共に生きていく限り困難を極める。このように考えていくと、果たしてこの心や思索や言葉という奴も、案外誰かの物だという気がしてくる。

 俺はクリスチャンに憧れる。心を明け渡す人を尊敬する。

 またはこのようにも考えられる。外界を支配するのは無である。無から有が生じるとは考えられない。では一度こう想定してみる。今このように考えていること、心に映る像、浮かんできた言葉、目に映る全ては幻想である。プラトンの「洞窟の比喩」の様に、私はただ首を固定されて、壁に映る火の影を追っているに過ぎないと考えてみる。この想定に於いて大事なことは、目の前に映るものも、心の中に映るものも、私の思い通りにならないという事だ。思い通りにならないことを、思い通りにならなくて不快だと反応するから苦しくなる。それをお釈迦様は説いておられる。そんなことを昔聞いた。今では納得できる話だ。

 納得するから信じるかといえば、しかし、そんなこともない。仏教者になろうが、キリスト者になろうが、まずそれはただの名付けの問題である。仏教者のように、キリスト者のように生きることと、仏教を真理であると信じたり、キリスト教を真理であると信じることの間には果てしない乖離があるし、この乖離を一足飛びに飛び越えることは大変危険であると感じる。だから、その逸話や理論に感心するし、その人の説明に納得するし、その発見は示唆に富むからと言って、だからそれが私にとって完全に信じられる真理であるとは限らない。

 宗教者になるよりも、思索者になりたい。思索だけは手放すまいと思う。借金も、人間関係も、自分の体すらも、私の物ではない。だがしかし、この思索だけは私の物だ。だから、この思索には私が責任を取るのだ。たとえこの思索が状況から押さえつけられた物だとしても。悲哀は私のものであり、苦悩は私のものである。決意する心は私のものである。その後の行為や表現がたとえ他者の関係から成り立つ物だとしても。

 思索とは斯様に恩寵である。