Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。Peace.

甘やかす日曜日・暗い月曜日

 一週間の献立を決める。毎日どんな気分で過ごすかをあらかじめ決めておけば、気分に左右されることに憂鬱にならないで済む。気分とはいつも変化し、絶えず流動的である。しかし、山の水が川を下って海に流れ、その一部は蒸発し、水蒸気になって、雲になり、また山に帰って来るように、私の気分も、なんだかんだあって、私に帰って来る。

 日曜日は甘やかす。これは仕事をしないという意味だ。たらふく食べて飲んで寝て過ごすことを意味する。また同時に、仕事をするという意味だ。全然食べず、飲まず、寝ず、体を動かすという意味だ。訳がわからない?つまり自分の好きにやりなよ、ということに尽きる。

 月曜日は、どうしたって暗いものだ。気分が滅入る。やる気などどこをどう押したって出てこない。しかし、月曜日は来たのだ。体に鞭打つのは、彼の心だ。そう、月曜日は心の方が体より強い。忍耐の曜日である。

 火曜日は、少しだけ気分が上がる。人間不思議なもので、一度耐えてしまえば二度や三度は平気なものだ。しかし、心は知らぬ内に既に疲れを感じ始めている。体は麻痺しているのか、幾分軽くなる。飯が旨く感じる。つい酒が飲みたくなるが、グッと我慢する。

 水曜日は、曜日の中で体と心のバランスが一番いい。ちょっと早めに家を出て、喫茶店で淹れたてのコーヒーと焼きたてのパンを買う。パンを齧りながらコーヒーで流し込んで、その後一服タバコを吸う。FMラジオから洋楽のポップスが流れる。自転車を駅に止め、ホームでウォークマンを聞きながら電車を待つ・・・・・早めに退社して、古本屋に寄る。二三冊目ぼしいのを見つけて買う。途中スーパーで旨そうなオカズとお茶請けを買う。今週の日曜に近所で絵画展が催されるのを知る。・・・・・読みかけの本を閉じて、早めに寝る。水曜日とは、ポップな曜日だ。

 木曜日は、何処か狂ってる。水曜日と金曜日の狭間である。手持ち無沙汰である。視点がぼやけ、手足が震える。集中力が切れる。タバコの量が増える。事故に巻き込まれそうになる。下らない会議がある。心配事が増える。仕事が立て込む。誰かに叱られる。または叱られる場面を見る。残業する。深夜帰宅する。水曜日の自分に後悔しつつ、金曜日の自分に期待する。少しだけ酒を飲んで、眠る。

 金曜日は、仕事が惜しい曜日である。もっと仕事がしたい!心が半分死にかけている証拠だが(笑)、体は張り切っている!お前、シャブでも打ったのかと言われるくらい元気満タンである。明日が間近に始まっているのだ。あと半日乗り切れば、解放される!この解放感のために俺は頑張れる!ラストスパートだ!

 土曜日は、いや、正確には金曜日の夜から土曜日の夜にかけては、「パーティー」である。別に飲み会に行かなくても、映画を観なくても、酒を飲まなくても良いんだが、とにかくパーティー気分は到来する。たとえ土曜が仕事だとしても、気分はパーティーである。心が叫びたがっている。カラオケに行きたがっている。誰かと議論したがるのは大抵土曜日だ。有り体に言えば、土曜日は破廉恥罪である。自制心を適度に働かせる術をよく知るのが、日曜日に穏やかに暮らすためのポイントである。

 

「人生とは一週間のループである。人は何れかの曜日に産まれ、このループを巡り、何れかの曜日に死ぬのである」

 

 これは私の迷言の一つである。しかし、確かに私の実感である。人生観とすら呼んでもいいだろう。秒分時、日、週、月、春夏秋冬、年、干支、世紀など時間の区分は様々あるが、週という単位が私は一番都合がいい。昨日や明日はあまりにも近すぎるが、先月や来月はあまりにも遠すぎるのだ。一年と呼ばず52週と考えた方が、ずっと安心する。人生百年とか喧伝されているが、人生876,000時間、人生36500日、人生5200週、人生干支九周、または人生一世紀と言われたら感じ方は絶対違うと思う。どう取るかは各人次第だが、私にとっては目処が立てやすい。モチベが維持しやすい。要するに、便利な時間概念なのだ。

 しかし、人それぞれに本来は便利な時間概念が備わっていて然るべきなのに、なぜ一日を24時間、一年を365日にしたのだろうか。まあ、どうでもいいか。