Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。Peace.

避けるべきことと求むべきこと

 一日が始まる。何の衒いも計らいもなく、有り難いな思う。今日が来て良かったと信じる。

 恐らくは、哲学と掛け離れた姿勢かもしれない。しかし、私は哲学の徒では無い。もっと言えば、如何なる種類の門下生でも無い。確かに、何人もの立派な、素晴らしい人格者に出会ってきたし、本や映画を通して何人もの過去の偉人たちの業績を折に触れ見聞きして来たが、実際に、洗礼を受けたりだとか、出家したりだとか、帰依したり、という経験は無い。あくまでも相対的な立場で留まっている。

 だからであろうか、いつも自分の振る舞いの善悪や美醜が気になる。尤も、私は己を律するのを趣味として楽しんでいる所もある。努力する時間を愉快に思う。嘗て、試みに自己規定を三つの範疇で区分してみた。Hip-Hopという考え方、小乗仏教という物の見方、翻訳家という生き方、の三種である。今も尚、自分の核に在ると思われるが、しかし、これも自分で勝手に名乗っているだけで、「自称カリスマ美容師」と何ら変わる所がない。考え方、物の見方、生き方という並びもあまり上手くはない。改善が必要である。

 ところで、改善するとは愉快なものだ。如何なる動作、状態、習慣が避けるべき種類のものであり、また如何なる動作、状態、習慣が求むべき種類のものであるか、その明確な区別を識り、その区別に厳密に従うことを基本とする。悪を避け善を為す、と言うは易いが行うは難し、である。たとえば、醜いものに蓋をして美しいものを崇めることは悪であるか、それとも善であるかについて考えてみよう。ケース・バイ・ケースで、悪い時もあれば善い時もある。モノによる、とも言える。モノが自分自身の外見的特徴や、過去の栄光だったら、控えるべき悪だろう。仮にモノが他人の外見的特徴や過去の善行だったら、断言は避けるが、求めるべき計らいである場合もあるだろう。厳密な区分に従う、と述べたが、その区分は状況依存的で、個別具体的、文脈上の固有の意味や意図を汲んだ上での総合的判断であるのは言うまでもない。

 分かりやすい「避けるべきこと」の一つは、法令、条例、伝統、慣習、一般的な文化生活やマナーなどを遵守する態度である。己の良心を信じ過ぎない為の工夫だ。己の心も移ろいやすく、儚いことをよく知るためである。祖国愛、郷土愛、家族愛などの公的な気持ちのためにと言うよりは寧ろ、守ることが己の判断を大きく誤らないだろうと推測してするのである。面倒なことに巻き込まれない為に、公を信じる振りをしようという虫のいい話でもある。

 「避けるべきこと」の二つ目は、新しい技術の進展や流行や様式に対して、寛大さと懐疑の両方の目を持つことである。主義に囚われれば絶えず攻撃的になるし、自由を信奉すれば何でもありの無責任になる。だから、当然のことながら、どちらの良い所も同時に持とうとする妥協的態度が求められるべきだ。しかし、これは全く空想に終わることもある。実現が不可能な場合もある。例えを挙げればきりがない。最新の原水爆技術について、私はどうしても懐疑の目、嫌悪の目しか向けようがない。一方で、医療技術の進歩はどんどんと進んで行って欲しい。癌もAIDSも筋ジストロフィー骨粗鬆症も進行性認知症も糖尿病も、想像するだけで恐ろしい病だ。どんどん駆逐して行って欲しい。痛みから解放された老人の暮らし、それは極楽浄土以上の現世利益である。祖父母の今の暮らしを知っているから、余計にそう思うのだろう。

 「避けるべきこと」の三つ目は、思い付きやそのときの気分、その場のノリよりも、既に組み立てた計画に沿って行動することである。今までの私は、誰から聞いたのか知らないが、やたらめったらに、急な思い付きや、アイディアを尊重するべしと思い込んできた。しかし、実際の所、十中八九誤りの元であることが分かった。しっかりと綿密に計画を立てたらば、日々割り当てられた仕事を着実に遂行し、失敗すれば反省し、改善点を見出し、成功すれば自分を褒め、モチベーションを高めるという本筋のフォーマットには、大抵の場合敵わない。もっと言えば、私はそんなに賢くないのである。パッと天才的なアイディアが産まれる筈が無い。ないことは無い、かも知れないが、恐らくは、自分でそれに気が付かないまま見過してしまうかも知れない。

 と言うことで、「避けるべきこと」の四つ目は、孤立無援に留まることである。孤独と孤立は少し違う。孤独はハードボイルドだが、孤立は恐怖小説である。孤独は男の隠れ家だが、孤立は化け物の住処である。孤独は嗜むものだが、孤立は取り憑かれるものだ。孤独は箱庭療法のようなミニチュア、ジオラマ模型の世界観があるが、孤立はそれ自体が異世界、異郷、彼方の国である。孤独は日常生活、集団生活の中の在り来たりな感覚だが、孤立は特殊な舞台の中で繰り広げられる激情的な感覚である。私の思う孤独と孤立の違いが感じ取られたら幸いである。

 纏めよう。求むげきことは以下の四つである。

①公の規則を第一、己の良心を第二とする。

②世相を寛大かつ懐疑的に眺める眼を持つ。

③パッと出たアイディアをすぐに手放す。

④孤立無援よりも孤軍奮闘を。