Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。Peace.

友人募集

 日々の中に潤いを、日常の中に異常事態を、汚れた心に清浄な言葉を運ぶのは音楽だ。言葉とビートの連なりだ。別に大した話じゃないけど、僕にとっては、大事な話。ラッパーじゃなくてもラップしていいし、作家じゃなくても小説書いてもいい。政治家じゃなくても自由とは何かを語ってもいい。社会学者じゃなくても経済や文化を創り出してもいい。というか、語る方も語られる方も互いに高め合う関係が良いに決まってる。テレビが廃れたのは、テレビ離れが進んだからで、作り手が怠慢だとか、規制が多いからっていうのは本質じゃないのとおんなじで。箱だけあって中身がない。中身だけあって入れる箱がない。なら、自分にフィットした箱を作ればいい。箱があるなら中身を探せばいい。必要なのはちょとした心がけだけだ。

 いいたいことは特にないけど、だからって言わない状態を維持できるほど悟り切ってもない。要するに、無駄を趣味に、趣味を仕事に、仕事を価値に変換するのって、そんなに難しくない。個人的な悩みだって、見方を変えれば誰かの役に立つ、のか?きっと、今俺が抱えている下らない仕事も悩みも、誰かの薬や助言になる、のか?まあ、人生長いんだから、今すぐ結論出す必要もないんだけど、暫定的な結論は欲しい。つまり生きてる意味って一応ある、って言っとこうか。人生の価値も、一応あるって言っとこうと思う。これって、俺からしたら相当な進歩で、家族も喜んでくれる意見だと思う。

 なんでこんなこと話してるんだろう。多分、音楽のせいだ。大きなこと言いたがるのは昔からの癖で、今に始まった事じゃない。音楽は、俺を一歩「だけ」進ませる。だから、二歩目、三歩目は俺の声、俺の言葉で進めないと駄目なんだ。それも気付いたんだよ。No Music, No LifeってタワレコのCMじゃないけど、確かに、俺にとっては真実だと思う。最初の一歩は音楽で始める。それは、確かだと思う。

 だから、毎日新しいフレッシュな音楽を一日のスタートに流すっていうのは、なかなかいい習慣だと思う。歌う、聴く、流す、叫ぶ。カラオケも月一で行かないと、毒が抜けない。東京に住んでるんだから、いろんな音楽のライブしてるんだろうから、開拓していくのも一興だろう。音楽友達って、結構、長く続く良き友になるから、失いたくない。新しい人脈は趣味から始める。修士論文が進まなかったのは、文学論議する相手がいなかったからっていうのはあるな。俺は誰かと議論したい「議論病」なんだろう。家族相手じゃラップも文学も哲学も話題に出来ないしな。

 もし、このブログがそういうサロン的な雰囲気があれば、興味関心を共通にする人たちと議論できるのかな。みんな何処で集まっているんだろう。朝日カルチャーセンター的なところに居るんだろうか。喫茶店?飲み屋?大学の研究室?私塾?だとしたら、俺も自分で探さないとな。または、自分の部屋をもっと公開して、空洞にして、いろんな人が混じり合う交差点にしないといけないのか。ちょっと面倒だ。

 なんだか、音楽が分かってきた気がする。この感じで合ってんのかな。