Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』や小林秀雄の『考えるヒント』みたいな随想録や告白集を書くのが夢。Peace.

読解に於ける色の配置とその役目についての覚書き

 精読する時に気を付けるのは、一体己の理解力を全く超えてしまっている書物にぶつかる時、せめて、思考の痕跡だけでも残しておこうという野心である。この野心を特徴づけるのは、如何にして文章を色で分け、コメンタリーを残すことに表れる。その目的は、その書物全体を支配する法則―下手な比喩を使えば生成文法の研究目的であるuniersal grammar「普遍文法」のような確固とした信念を発見することだ。

 嘗て、己に課した色の規則は、規則と呼ぶには余りにも主観的であった。この度その改定を行おうと思い、この文章を記している。

 情熱的主観を赤、冷静な分析を青、歴史的事実を緑、疑義を橙、幻想的な文章を紫としていたのだが、これでは私の曖昧な、移ろいやすい主観が入り込んでしまい、一貫性が保てない。そこで、主観にせよ客観にせよ引用にせよ思い込みにせよ詩的表現にせよ、一度すべて忘れて考え直したい。寧ろ、色の持つ心理的効果の方を考えたい。

 赤は肯定的な色であり、生命の色である。血の赤、太陽の赤、炎の赤。古来より魔除けに使われている色であり、エネルギーの象徴のように考えられてきた。

 青は真実、誠実な色であり、孤独な静けさや憂鬱を表す。空、海、水の色であり、日本に於いては藍染であり、庶民的な色でもある。理性と庶民性が結び付くのは面白い。

 緑も赤と同様に肯定的な色である。赤の生命が動物、人間的ならば、緑の生命は植物的、自然的である。山、森、草原、植物の色である。赤の躍動的、挑戦的なイメージと対照的に、緑は安全志向、平和と安寧、公平、再生、新鮮といった循環的、恒久的なイメージだ。

 だいだい(橙)は赤と黄の混色である。ヨーロッパに於いてはキリスト教の影響により、中世まで混色に否定的だったのと対照的に、日本では古来より皇太子の礼服に用いられる禁色(きんじき)だった。抽象的なイメージもこの歴史的事実に反映され、心理的な温かみ、親しみやすさ、明るさ、楽しさの他に粗野っぽさ、未熟さ、不完全さなども含まれる。

 紫は、その染料の原料の貴重さゆえに世界的に高貴なイメージを持つ。赤と青の中間色で、その曖昧で神秘的なイメージを備える。神秘的とは両義的である。病気と快復、善と悪、神秘と不吉さを持つ。

 さて、このような色の歴史やイメージを知って考える所は、果たして如何にしてこの知識を文章読解に活かせるだろうか、という思案である。

 肯定的な色は、赤と緑、否定的な色は青と橙、その両方を兼ね備えるのは紫である。赤とは動物的生命、緑は植物的生命、青は懐疑的、橙は独断的、紫は神秘的であるとするならば、そうしたニュアンスの差異を如何にして読み取るかの方が問題とされるべきだ。動物的文章とは例えば三島由紀夫のような文章だろうか。植物的文章とは中島敦のような文章になるのか。しかし、こうした範疇はつまらない。もっと確信が欲しい。

 単色と混色の区別は面白い。筆者の単純な気持ちなのか、混合した気持ちなのかを判断するのは難しくも遣り甲斐のある仕事だ。単色は赤青緑、混色は橙紫である。また、書き手の心境は寸分違わず読み手の心境を映し出す。文章を読み色分けする前に、己の心境を考え、それが幸福、絶望、快楽、不快などの単純な気持ちなのか、相反する矛盾を抱えた気持ちなのかを確かめる必要がある。というのも、読解とは読み手と書き手のインタラクションに他ならないからだ。もし読解に混乱が生じたのならば、それは両者の何れかに問題があるというよりもむしろ、両者を結びつけるパイプ、糸、方法に問題が生じていると考えた方がいい。混乱した気持ちで混乱した文章を読めば、読解に支障が出る。単純な気持ちで単純な文章を読めば、すらすらと頭に入って行く。私の読む本の種類の傾向から言って、青「的」な気分を保つのが好ましいのだろうと思われる。

 書き手と読み手のダンスが読書であるのならば、読書を成功させるには、双方の歩み寄りが必要である。自分よりも格下の者ばかりと踊っていたのでは、やはりつまらない。今の私のような若輩には、混色「的」文章よりも、単色「的」文章の方が好ましいのは明らかである。というのも、単純な文章の方が複雑な文章よりも気持ちを維持するのが困難であるからだ。これは基礎訓練のようなものだ。単純な読解を続けて行くことは、まずそれだけでも大変な事だ。複雑な文章には唯一無二の正解がない。だから、言い逃れも有耶無耶もしやすいのである。言葉遊びに終始したいのならそれでも構わないが、私の理性はそれを許さないだろう。時間を無駄にするなという命令が、この文字遊び、言葉遊びを戒める。それは老後の趣味として取って置きたい。

 

(追記)

黄色の蛍光ペンについては、仕事的にマーキングする時に使う。精読では使用しない。