Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

魂の練習法(仮)

・やる気スイッチを見つける

・動機付けの構造を把握する

・意志を格率する(カント流)

・個別具体的、過程の処理、注意事項についてではなく、どうすれば考えるようになるのかという視点。どうすれば主体的に選択できるようになるのか考える

・主体性・独立自尊・自立

・認知機能について知る

ピアジェの理論 

・自然観の変容

・Flow体験

・変性意識状態

・脱皮する蛇のように自己を捨て去る

・主体的とは客観的ということである。客観的とは主観的ということである。主客一如。

・主客未分の状態。

・痛みからの逃避

・自分で工夫し、発見し、物事を考える力。 

・立ち止まって問いを立てる力

・エネルギー、力、Force、欲動

・欲望を管理する欲望

・欲望の果てにあるもの

・光、大地、空、幽玄なるもの、魑魅魍魎

・気配、振る舞い

・愛と美の直観

・身体知、姿勢

・自制心、葛藤からの昇華、善なるものへの帰依、師弟関係

・虫の知らせ

・覚悟

・変身、変質、中動態

・文化という救済装置 

・風土という温度、質感、実感

・言葉遣いにおける質感、肌触り

・自分の認識は確実に間違えている要素が含まれているという真実

・幸運を引き寄せる力

・力の入れ具合、配分の仕方、合図の出し方

・毒の吐き方、出し方

・本番に対する集中力

・リハーサルと本番

・競技スポーツ、特にプロフェッショナルな人々の精神修養、監督の声掛けについて

・確認、フィーリング、イメージ喚起

・コンテストに対する意気込み

・逆転勝ち、逆転負け

・ライバル意識

・練習が自信を作ると信じるとは、つまり、感覚主義だろうと思う。

・監督と選手、師弟関係、父子関係、母子関係、ライバル関係、家族、チーム、地域、国家間の関係、つまり国家観

・ピッタリ感

・少しの飢餓感、少しの不平不満、少しの痛み、少しの苦しみ、少しの誤解、少しの傲慢、少しの怒り。

・滅するのでなく、減ずる

・イメージ(観念)と再現(実在)

・記憶の抹消ではなく、集中と感覚の復元により、認知を揺らがす、ズラす。

・やることを明確にする、やる方法を明確にする覚悟を明確にする

・明瞭であるとは限らないが、だが、明瞭であると信じようと思う

・正直でなく、誠実さである。帰依心である。愚直さとも言える 

・予見、予言の力、装いの力、薬の力

・場の構造力、場の雰囲気、演出空間、観客

見られているという感覚

・パフォーマンス能力とは、演技力の訳語であるからして、虚実皮膜論があるに違いない。

・ストイシズム、持ち味がストイシズムなら、ストイシズムを活かそうとしろよ

・犬は犬らしく、猫は猫らしく

・私の理想は既に今この瞬間に完全な形式で、再現され、体現され、実現されている。それは事実である。そうでなければ、なぜ人は物を測るときに「高さ」や「重さ」や「長さ」と肯定的な表現を使うのか。たとえ3分間でも、どれくらい時間が長いのか、と聞く。つまらない話でも、どれくらい面白いのと聞く。否定文は肯定文の否定であり、否定文の否定が肯定文になる場合は、二重否定と呼ばれ、屈折する。その屈折度を利用した表現技法は考えられるが、少々まどろっこしい。どんなに若くても、How old are you?と聞くではないか。つまり年齢とは肯定文である。年齢、高さ、重さ、太さ、厚さ、遠さ、時間の長さ、物の長さ、大きさ、広さ、静けさ、賢さ、速さ、敏感さ、深さ、濃さ、豊かさ、快適さ、優しさ、強さ、美しさ、善さ、正しさ、その他様々な尺度。すべて肯定的な表現を用いている。即ち、現実とは全て肯定文で記述されている。この事実に気が付かないと行けまい。 

・瞑想をしていると訳の分からないイメージが湧いてくる。全て幻想である。目を覚ましたあとに言い聞かせる。これはすべて幻である、と。同時に、感覚器で把握する認知も幻想に過ぎないか、実体の無い現象である。台風の目、ドーナツの穴、ブラックホールのようなものだ。心も体も魂もすべて幻である。