Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

無性の悲しみの処し方

 無性に嬉しい日があれば、無性に悲しい日もある。今日は、後者だった。それは仕方のないことだと頭では分かっているつもりだが、どうも、遣り切れない。無性に苦しく、辛く、寂しい。なぜだろうか。だが、これを問い始めるのは悪魔の誘いに乗っかるようなものであるのを、経験上知っている。だから、私は、今日に限りこの問いを捨てる覚悟を持とうと思う。問うてはならぬ。問うと苦しみが増すからだ。苦しみとは、自暴自棄に陥ることであり、疑心暗鬼に苛まれることであり、嫉妬や恨み辛みを論うことだ。問うてはならぬ。問いを捨てよ。

 問いを捨てると、問いに誑かされる心配がなくなる。確かに、問いとは私を高め、強め、大きくしてくれるかも知れない。だが、それは心と体の用意が出来た時にするべきである。今日の様な苦しみが増している時に、苦行として自問自答することは、あまり効果がない。敢えて根源的な問いを捨てることは、長い目で見れば、問いを深めるのに役立つ。

 無性の悲しみ。それは問いに向き合わないようにするための、体と心からのメッセージである。問いを捨てることは、目の前の仕事に集中することである。そうだ。目の前の生徒に向かい合うことだ。