Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

仕事を探して

 仕事を探している。私は、今、仕事をせねばならないと思っている。理由は生きるためである。死なないように喰い繋ぐため、働いて賃金を貰い、それで奨学金を完済する為だ。または、公共料金を支払い、家賃を支払い、野菜や米や魚を買い、煙草や酒や本を買い、電気代を払い、水道代を払い、ガス代を払い、通信費を払い、残り滓を預金口座に入れる。

 つまり、私は日雇い労働者と何ら変わりはない。社会的な身分保障などアテにはならない。年金も全く貰えないまま死んでしまうか、貰えたとしても大した金額ではないだろう。私は、働くために生きるのではなく、生きるために働くのだ。そのことを決して忘れてはならない。

 社会貢献も、あるだろう。会社に尽くすとは、犠牲心とは、尊いだろう。だが、今は、状況が変わったのだ。危機的な状況に於いて、将来不安を一発で解消するような解決策を見つけようとするから、余計苦しむのだ。九回裏に逆転満塁ホームランを打とうとするから、目の前の捕球が疎かになるのだ。

 私は、コツコツするのが得意だと思う。創造的な仕事よりも、既に完成された体系に自分を従わせることの方が得意だ。私は公平無私を目指している。誰も魂が備わっている。心の中でも憎悪を念じてはならないと思う。嘘をつくべきでないと思う。愛と美の直観を認識の根本感情に置きたいと祈っている。私は、きっと女性的である。または庇護的である。私に相応しい職業はあるだろうか。否、どんな職業が私を選んでくれるのだろうか。

 私の相応しくない職業は、たとえばデイトレーダーである。私の道徳観がこれに反するからである。または所謂「漢」の職場は似合わないだろう。土建屋、解体屋、鳶職、土木作業、鉄工所、エンジニアなどは足手まといになるだろうと思われる。

 やはり教育関連だろうか。児童福祉もなんとなく合いそうな感じがする。事務や相談員も似合っている。清掃や整理整頓、書類の管理、作成、提出なども似合っている。

 エンタメ産業はどうだろうか。

 または、本当に、仏道に入るとは、可能性としてあるだろうか。

 公のためにのみ、この体と心を尽くす。なんとも英雄的だ。そんな邪な心では、仏道には入れまい。もう、どうしようもなくなって、入らざるを得なくなる、べきである。

 私は私塾を開きたいと思っている。地域社会に包摂されて暮らしたい。その為には、私は修養せねばならないと思う。何事かをなし終えた後に、結果として、塾を建てたい。または、そうした事業に参加したい。

 自殺しない為に、他人と一緒に生きねばならない。自暴自棄に陥らないために、大切な人と一緒に暮らさねばならない。失望しないために学問を修めなければならない。

 私は、きっと真面目過ぎる。頭が硬い。柔軟な思考を求めるべきだ。人に聞くべきだ。