Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

人生論

 今日の自分は昨日の自分で出来ている。昨日できなかったから、今日できなかった。

 だが、明日は違う。否、今から違う。何度でも、これから振り出しに戻れる。誓いを立て、方法を刷新し、目的地を定め直すことができる。明日の私は、まだ存在すらしていない。明日の私を創造するのは、今この瞬間の私の意志と行為と直観である。

 昨日の自分は既に通り過ぎてしまった、忘却の彼方に流されてしまった。記憶の中の私のイメージに過ぎない。記憶とは檻ではない。それは本棚のようなものだ。私だけにしか、その本の配列は分からない。私自身ですら、長年使っていない本も沢山ある。よく分かっていないものも。私は、この本屋の管理人である。棚には丁寧にラベルと通し番号が振ってある。即座に検索するための配慮である。だが、取り出してみると中身は真っ白ということもあるのだ。使わないと、文字は薄れて、滲んで、消えてしまう。それは自然の掟である。誰かが勝手に消しゴムで消したのかもしれない。

 だからこそ、私は、毎日生まれ変わったように生きた方が自然だ。記憶は、今この瞬間にも編集され、変質し、解釈されている。古く錆びついてガタついた棚を廃棄し、新しい棚を持ってくる。より丈夫で、強固で、幅の広くて使いやすい棚を探して見つけてくるのだ。私の図書館は、案外、大きくはないのである。四畳半くらいなものだ。

 そうだ。この中に無限の可能性など求めるから間違うのだ。四畳半でいい。立って半畳寝て一畳と言うではないか。無限の広さを求めるから、認識の限界を直感して辛くなる。無限の快楽を求めるから、身体の限界を察知して失望する。

 程良くやれ。今に集中せよ。過去を水に流し、未来に小さく期待せよ。