Abyss

日々の思索と妄想と魑魅魍魎。三木清の『人生論ノート』とパスカルの『パンセ』が私の心の拠り所。Peace.

方法論的生真面目さについて

 生真面目であるということは、優れた徳であると同時に、そうでない人にも身に付けることができる一般的な性質であると思う。真面目であるとは、敢えて説明を省いて述べれば、保守的であるということである。保守的であるとは政治的な意味合いだけではなく、社会的、文化的、経済的側面に於いても一貫して保守的であるということだ。経済的には革新的で、社会的には実存的で、文化的には折衷的で、政治的には保守的であるというのは、有り得ない話だ。それはただ思想的である、個性的であるとはいえるだろう。とりわけ敗戦後の日本に於いては、思想・良心の自由が憲法でも保障されてきたのだから、どなたでも自分の好きなように考え、思い、信じてもよい。また、しかしながら、この日本国憲法の条文を否定することも同時に、思想・良心の自由があって初めて成立するのだから、なんだか民主主義とは自己治癒能力を有しているアメーバのようにも思える。

 話が逸れた。生真面目さについてだ。生真面目であるとは保守的であると言った。では保守とは何か。保守とは、文字通り、何事かを守り、保つことである。国を守れば国家主義者、自然を守れば環境保護主義者、家庭を守ればマイホーム主義者、財産を守れば守銭奴となる訳である。いずれの主義者も、一定の傾向性を帯びている。そこには価値に対する強い信念があるだろう。では、価値とは果たして存在するのだろうか。万が一、そんなことはある筈がないが、己の信ずる確かな「価値」が最初から存在していなかったとしたら、どうなるだろう。まるで夢か幻か蜃気楼か、瞼に映る翳に過ぎなかったとしたら、私たちにどういう心理的な変化が及ぼされるのだろうか。

 保守主義者は、皆真面目であるが、だが同時に懐疑的でもある。日々己の信ずる価値の根本の確からしさを疑わずには居れないからだ。新参者は、ここに来て、懐疑の渦に飲み込まれる。懐疑は猜疑心となり、失望、虚妄、不安、狂乱、絶望へと進化することもある。精神のバランスを崩してしまうのだ。これは大変に興味深い人間の内的質的変化である。或る人は、己の精神の均衡を取ろうとするがあまり、結果的に分裂症患者になってしまう。また或る人は、全然、思想的野心などこれっぽちもないのに、勝手に生きていて、偶然に降りかかった幸運のお陰で、いともたやすく精神の均衡を獲得してしまう。真にこの世は不条理である。保守主義者は、この不条理と闘おうとする者である。

 保守主義に靡こうとする者は、私なのであるが、まず、今の自分の弱さと向き合わねばならない。保守主義という言葉も、やはり名付けに過ぎない。自分とは自分であり、親からもらった名前だけが、私を指す呼称である。または、少なくとも犬や猫ではなく、子どものようにも振舞えないのだから、私は図らずも「大人」である。社会的なカテゴリーを持ち出せば、私は息子であり、長男であり、独身者であり、ゆとり世代であり、元高校教諭であり、元大学院生であり、現塾講師のアルバイトである。または、H県出身者であり、元A県民であり、現T都区民である。(T都区民とは、成立しない隠語である。K都とT都しかないからである。)または、翻訳家志望者であり、在家出家希望者であり、Hip Hop愛好家であり、ドラム演奏者であり、蔵書家であり、はてなブロガーであり、愛煙家であり、散歩者であり、映画ウォッチャーである。こうした様々な分類の中に、「保守主義者」を入れようが入れまいが、大した差異ではないことは明白である。というにも、保守とは、カテゴリーというよりも寧ろ行為態度、生活様式、営みの有り様を指す現象学的な用語であるからだ。

 では、なぜ私が保守主義を選ぶようになったのか。初めて「保守的」という言葉を聞いたのは、小林秀雄の講演だったと記憶する。『個性と戦う』と題された動画を某動画投稿サイトY.T.で観たのだ。(確かにそれは違法アップロードであった。後に、図書館で『小林秀雄講演』のCDを全て借りて聞き直した)驚いたのは、今の自分の情況―それは所謂「実存的な不安」と呼ぶことを、私は後々になって知ったのだった―40年も50年も前に語り尽くされていた。小林秀雄が何を語ったのかについては、敢えてここでは申し上げない。リンクを貼っておくので興味のある方は観ていただきたい。ただ、私の感じたことは、大きな衝撃と同時に、保守ってこういうものなのか、なるほどなあという、安堵でも安心でも幻滅でもない、それは確かな閃きだった。確信めいた閃きであった。

 要するに、私の保守的価値観の基盤は、昭和前期に活躍した一人のフランス文学者が後年になって語った講演会にあるのであって、より正確に言えば、誰か知らない見ず知らずの好事家が動画サイトに違法にアップロードした音声記録にあるのである。私がその動画を観たことは、単なる偶然に過ぎない。別に私はゴッホの生涯など、全然気になっていなかったのだ。現に、私は一度ゴッホの自画像を美術館で観たことがあるが、何気なく写真を撮って、そのまま通り過ぎてしまった。自分の耳を削ぎ落として、その耳を恋人に郵便で送ったという逸話を知っているくらいのもので、その芸術的価値や意味を、私は知らなかったし、今も尚、ゴッホの生涯に大した興味がそそられる訳でもないのだ。ただ、小林秀雄の語ったこと、敢えて申し上げれば、まあ、何度も他の投稿で書いていることではあるが、「滅私」ということを、私は天啓の如く聞いてしまった。そうか、滅私という手があったのか、なるほど、と思ったのだ。これなら俺にも出来そうだ、と思った。もう出家に踏み切れないもどかしさや、計画が何度も頓挫してしまう無力さや、自分の力で大事な事柄を決定することのできない幼稚さ、惰弱さ、卑怯さに苦悩することはないと思った。「そんなものは捨てねばならないのです」小林は言う。「屈服しないといけないものばかりなんだ、個性ってものは」小林は語気を強める。そうなんだ。昔の人も、昔と言っても高々50年前ではあるが、それでも私の祖父の世代の人びとであるが、全く同じ種類の悩みを抱えて悶々として、小林秀雄さんの講演を聴いて、私の感動したように感動して、滅私という言葉を大切に懐にしまって家路に就いた、そうに違いないと思ったのだ。

 だから、方法論的生真面目さとは、滅私の実践を指す。では、その具体的な中身はなんだろうか。それは各々で考え、見つけ、発見したものを並べ、組み合わせ、工夫を凝らしていく過程の中で、ぼんやりとではあるが大まかな実像が浮き彫り(沈み彫り?)になって行くだろう。安直に得られたものは、すぐに手から離れてしまう。方法論的生真面目さは、いつか生真面目さになるだろうか。一日の真似なら、それは一日真面目であったというだけの話だ。一生の真似なら、決意した日から死ぬまでの間だけ、真面目であったというだけの話だ。人が彼を見てどう判断するのかは分からないし、それを気にする必要もない。ただ、人の見ていない時にも彼が真面目であったのだとすれば、やはり、彼は真面目な人間であったと断じてよいのかも知れない。

 私は生真面目に生きたい。また、そう自分を断じたい。

 


小林秀雄「個性と戦う」